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玲さんは手を一振りしただけで、颯爽とわたしの前からいなくなった。
振り向きもせずに、エレベーターの中へと消えて行った。
スラリとした長身の後ろ姿を見えなくなるまで見送ったわたしの胸の中に、秋風に似た風が僅かに吹き込んだ。
別れが心にもたらすものは、思い入れの深さに比例する。
わたしはやっぱり玲さんの事を愛していたのだと思う。
以前蓉子先生に〝本当は彼を愛していなかった〟と言われた時はハッとしたけれど、冷静に振り返る事が出来た今、わたしの中にあった感情を確認できた。
あの頃、玲さんからの愛をもらって、わたしも確かに愛を返していたのだ。
ただ、その愛情の形が、違ったの。
違った、というか、淡泊だったと言った方がしっくりくる。
会いたくて会いたくて、こうしている間もちょっと目を閉じると思い出されて胸が締め付けられるくらいの想いと、身も心も燃え上がらせるような熱量を生む感情は、恋から進展する愛なのかもしれない。
玲さんは大人で、わたし自身も前のめりになれる程の情熱を沸かせる事はなかった。
わたし達の間に生まれた愛には〝恋〟というステップはなかったのね。
穏やかに育める愛であれば続いたのかもしれない。
でもわたし達はそうじゃなかった。
だから――。
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