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ホームに降りると、列車が巻き起こす生ぬるい風がふわっとわたしの身体を包むように吹き抜けた。
反対のホームに列車が入るのを見つめるわたしの目は自然と、細見長身の男の人を探していた。
緒方君、あなたは今どこにいるの?
電話、すればいいのに、わたし。
わたしの手にはホテルを出た時から携帯が握られていた。
でも、メールすらできていなかった。
緒方君が何も言ってきてくれなかったのは、玲さんがわたしとの時間を作れるように、という配慮から。
緒方君、玲さんとはちゃんとお話しできました。
ありがとう。
心の中で緒方君に語り掛けて、持っていた携帯を見つめたけれど、わたしの指は動かない。
どうして。
発車した列車の起こした風にわたしの髪の毛がふわりと舞い上がり、わたしは顔を上げた。
髪を押さえて携帯をバッグにしまったわたしの耳に、玲さんの言葉が蘇った。
『あの男にはまだ、菊乃の知らない過去がある』
コース料理の、締めの冷菓が出された頃だった。玲さんは徐にそう話し出した。
『重い過去であろう事は想像に難くない。
菊乃はそれを知る勇気があるか』
緒方君の重い過去。
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