第2章 宵ノ口

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ーーーーー。 なんだ、こんなちゃんとした風呂に入ったのは久しぶりだ。刑務所では、申し訳程度にしか入らなかった。入って左側に湯船、右側にシャワーと鏡。床はタイル製だ。 ふと、鏡に映る自分を見た。前髪にかかりそうな長さで、かからない分け方。ベースは黒髪だが、先端部分だけ白い。純白の白ではなく、人体の真髄を支える骨の白。 少し、目線を下へ落とす。 ーーーうなじから首の真ん中にかけて、切り傷がある。 ーーーーーーーーー。 傷なんて、珍しいもんじゃない。 体中に、痛々しいらしい傷がある。横腹の火傷跡。太ももの少しえぐれた部分は、この傷達の中では一番新入りで、警官に発砲されたときのモノだ。 《職業上》、というのもあるが、犯罪者の中でも俺は危険視されやすい。らしい。 それは、十年前の、あの時も。 十年前ーー日本のとある、貧民街。 ナイフから、ぽつり、ぽたりと、おちる。まるで、地を汚す為に在るような血液。 「…ん」 黒い手袋越しの確かな感触。少しざらりとした、この世で生きる為に大切なもの。 お金。 「あぁ、ありがてぇ、あの警官を殺ってくれるとは…報酬は、一万円、これでよかったかな?」 「…あー」 警官ーーここら一帯の貧民街を治め、また上納金の異常なまでのハイスピード徴収を生業とする人間の名称である。後者に加え、一部のーー貧民街の住人の、さらに『最底辺』ーー奴らを奴隷扱いする事から、周りの奴らは、我ら貧民街の住人を囚人とすれば、警官は看守に値する存在であり、何時その腰に携えた鞭を振るわれるのか、ビクビクおどおどして暮らしている。 そのままくるりと相手に背を向け、すた、すたとあるく。フードを深く被り、向かう先は、村一件の『何でも屋』。 「林檎、五個」 「おう」 バイトなのか、見知らぬ顔だ。俺のパーカーを見て、ほんの少し顔をしかめた。 俺のパーカーには、背に血の如き掠れた赤黒い文字で大きく《DEAD》、左半身側に、斜めに《DEATH》と描かれている。とても、縁起が良いとは言えまい。 林檎を素手で受け取って抱える。一つ一つが小さく、ある意味やっと抱えられる様なものだが。
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