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早朝 某国際空港
他人のスマホをのぞき見。なんて、趣味の悪いことをしている自覚はある。
でも、聴いて欲しい。
朝早く、寝起きも悪いまま立ちっぱなしなのだ。
その目の前、十数センチ先にスマホ画面がある。しかも、音声ダダもれでワイドショーが流されている。
「ねえ、ちょっとヤバくない?」
友だちと旅行を計画した女子大生、といったところか。
さらに数センチの距離ができたのを確認して、深めに帽子を被り直す。
「アンタそれ、まだ気にしてたの?」
「えー、だって気になるでしょ!」
安西京介の結婚相手!
うつむいて、立ったまま眠ったふりをする。
それでも、聴覚はしっかり機能する。
「独身で、イケメンで、女っ気なくって」
果たしてどんな顔だったのか思い出そうとしても、上手くいかない。
「バカ。メジャーリーガーだからカネ持ってるっていいなさいよ」
「えー、ちょっとストレートすぎぃ」
この笑いは、謙遜や遠慮とか慎みのものではない。
自分の卑しい思考をずばり読み取られたことへの焦りや、戸惑いである。
知っていた。
『イニシャルだけでも教えてくれませんか?』
『いやいや、言っちゃうとゼッタイわかっちゃいますから』
『そうなんですかー?では、次のニュース...』
プツリと音が途切れた。ニュースには興味がないらしい。
「で?何かわかったの?」
「『同い年のスポーツ関係者』・『一般人』っていう発表から、元スポーツ選手なんじゃないかって」
20代後半で仕事に『ひと区切り』なんて、このご時世では考えられないらしい。
ふふんと笑った割には、さっきワイドショーで喋っていたことそのままだ。
「いや、それくらいすぐにわかるって。まさか安西と同い年のアスリート調べ上げたの?」
結構いるはずだけど なんて言おうものか。そんな時間、あったわけがない。
「というか私、1人しか思い浮かばないんだけど」
目覚めて活気づいてくる周囲と比例して、彼女たちのトーンも上がってくる。
それらと反比例するかのように、こちらの気分は下がっていく。
「誰よ」
「誰って... 如月哀花に決まってんじゃん」
「ああ、この前引退した?」
随分前だと思っていたが、そうでもないらしい。
「そう。あの子可愛いし、お似合いじゃない?」
「なるほど、わかる気が」
しねーよ。
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