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「無理よ」
えっ?
自分の声かと思った。しかし、目を開けたところでぶつかってきたのは、視線ではなく背中だった。
「すみません」
もう一度あごを引いて、ゆっくり発声する。
「いいえ」
既に彼女の意識は、すでに黒ずくめの格好をした女性には向いていなかった。
「なんでよ」
耐えきれなくなって、少しだけ視線を上げた。
注目を浴びていたのは、丸メガネが特徴的なふっくらした女の子だった。メガネや雰囲気は彼女たちと全く別物だが、その距離感はかなり近しい。認識は3人組、でいいのだろうか。
「だって、如月さんってスケートでしょ?野球とはオフシーズンが入れ違いになっちゃうじゃない」
その子と目が合った気がして、慌てて顔の向きを変えた。
どうしよう、バレてないよね。
「それもそっか。会えないもんね」
そうだよ、そうだよ。
「でもあの子もったいなかったよね。成績もよかったし人気だったし。どうして辞めちゃったんだろう」
息を吸いたい。
でも、今吸ってしまえば、荒い呼吸が目立つかもしれない。
「さあね。それよりさ」
ゆっくり息を吐きながら、スーツケースの持ち手を握りしめる。
それでも、手のひらの粘つきは拭えなかった。
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