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充実した選手生活を送っていた人間が、必ずしも充実したセカンドキャリアを積めるわけではない。それは私が体現しているとおりと言ってしまえば負けた気分になるので認めはしないが、その逆は見ていてわかる気がする。
「いやあ、久しぶりに家族が揃うのもいいなあ」
「というか、陽が帰ってきただけじゃない」
酒が入るといつも以上に陽気になる父のことは、昔から好きだった。たぶん
「忙しい合間を縫ってここまで来てくれたのが嬉しいんだよ」
「そんなこと言ったって、隣町なんだけどね」
あきれたように笑う姉だって、同じことだ。
「だってオリンピック候補でしょ?すごいじゃない」
明るい声でコロッケを持ってきた母は、私を見て口を閉じた。今日のメニューは、どれも姉の好物である。
「候補っていうけど、選手のことだからね?私はコーチの、下の下だし」
飲み込みがいいのよ、あの子。
レタスのサラダは、すでに空になっていた。
「でも陽は昔から教えるのが上手かったからなあ。な、哀花」
2年遅れでスケート靴を履いた妹の手を引く。いつだって目標は、手を引いてくれた姉だった。
「うん」
「あの子はまだ若いから、4年後やその次に中心になってくれればいいねって話してるんだ」
頑張って守ってあげないと。
そんな目で、こっちを見ないで欲しい。
「他にも面白い子がいて」
イキイキと話す姉を見て、ほんとうによかったと思う。選手時代は、妹と比べられて泣いていたのを知っているから。そんなことを口にしようものなら、怒鳴られるだけだろうから言わないけど。
でも、と思う。
長い人生を歩んだとき、「勝者」はきっと彼女なのだろう、と。
箸がミニトマトを掴み損ねて、テーブルの上を転がり、落ちた。
もう、引き返すことも、その気力もなかった。
「哀花さあ」
顔を上げたとき、どんな表情をしていたのだろう。目の前に並んだ顔は、驚いたような、寂しそうな表情をしていた。
「なに」
図星の時、後ろめたいとき、声が固くなる。20年以上付き合ってきた彼らにはお見通しで、あっさり会話を続けられる。
「お嫁に行く気、ない?」
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