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着なれない浴衣に悪戦苦闘しながらも、なんとか形にして、玄関に下駄を出す。
傘もビニール傘ではなく、赤い番傘。
ビニール傘しか持っていなかった私に、義治さんオススメの番傘を買ってくれたのです。
ちょっとお高めの良いやつです。
それに浴衣を着た、ちょっとオシャレな格好で、古傷の疼きも忘れてウキウキと外に出ました。
道場に向かう途中、カッパに長靴姿で傘をさした女の子がお母さんに手を引かれて歩いていた。
あんまり、じっと私の方を見るので、笑顔で傘をさしていない方の手を振りました。
すれ違う時に
「あのお姉ちゃん、お着物きてるー」
と不思議そうな声をあげているのが、聞こえました。
私は、すでに後ろにいた女の子に向かって
「コレ、浴衣だよー」
と前を見ながら返事をします。
たった、これだけのことでも、すごく特別なことをしている気分になってきます。
パタパタと番傘が雨を弾く音を聞きながら、水溜まりを避けて歩く。
道場に着くと真っ先に聞こえたのは「デヤー!」という気合いのある、だけど強そうには聞こえない声だった。
おそらく、生徒さんの一人である現役警察官の野々村さんだろう。
私とあまり変わらない年齢のはずだが、彼は少し幼く見える。
初めて道場の様子を見に来た時は、まさか、警察官だなんて思っていなかった。
しかも、義治さんが退職する前にバディを組んでいたそう。
凸凹コンビにもほどがある。と内心思ったのはナイショです。
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