『TSUGUMI』

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その女の子に目を留めたのはとんでもなく可愛かったからだ▼同じ乃木坂のメンバーで川後陽菜という奴が可愛い女の子が大好きで。よく「この子可愛くない?」と一般人女子の(盗撮?)写真をケータイで見せられるのだが▼東京メトロ千代田線「乃木坂」駅のフォームで読み掛けの新潮文庫(安部公房『壁』)を手に持ったまま、私は私立の高校の制服を着たその子に見とれていた。乃木坂4期生で次世代エースと言われても疑問の余地はあるまい▼「何ジロジロ見てんのよ?」隙を突かれた▼「今時別に珍しくないでしょ」▼その子の言う通りだった。すっかり失念していたが、その子は車椅子に乗っていた。女の子らしいデザインの白いボディ。擦れ違ったバカな男共を悉く振り返らせるに相違ない▼「いやーあなたがあまりに可愛かったから」我ながら間の抜けたナンパ師と言えた▼「それは今日は」その子はクールに答えた。「あたしにとって可愛いねは最早今日は程度の意味しか持たないの」こいつは美少女のプロか?▼地下鉄が入線して来た。「さっ車椅子を押して頂戴」▼私はごく自然にその子の背後に回ると車椅子を開いたドアから車内へと押した。ハーフツインにしたその子のうなじの白さが目に痛い。川後陽菜だったら即座に噛み付いていることだろう▼その子はこれから神宮球場にヤクルト-中日戦を観に行くのだと言った。お目当ては中日の松坂大輔投手。何でも諦めない心を受け取ったとかで、それまで人の100倍手間隙掛けて無理してステッキを使って歩いていたそうだが、やっと車椅子に乗ることを決心したそうだ▼「嫌々乗ってみたらメッチャ楽でさ」私は初めてその子の笑顔を見た。男子生徒なら即死は免れない▼「押してくれてありがとね」その子は振り向かずに軽く片手を挙げると地下鉄から降りて行った。私も見えないのは分かっていたが笑顔で手を振った。背中を押して貰ったのは私の方だ▼新潮文庫をバッグに仕舞うと、新作主演映画の台本を取り出して広げる。…つまらん▼私はあっさり台本をバッグに戻して新潮文庫を取り出した▼人間とは度し難いものだ
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