5月8日

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 俺「俺」『俺』よ、もう君は十分苦しんだ。俺が君をその世界の淵から這い出せるように手を貸してあげよう、俺が君の手をつかんで思いっきり君の望む世界に引っぱり上げてあげよう。今のままだと君はきっとだめになる。  「君はこのままだと俺のようになり、六本木のあの会社で働くようになる。だが、それではだめなんだ。こちらに来てはいけない」俺はそう思った。  授業がいつの間にか終わっていた。俺はあわてて廊下の見えないところにさっと身を隠す。すぐに「俺」が出てきて、下を向いたまま、とぼとぼと俺が隠れているのと反対の廊下のほうへといってしまった。そうだ、俺はあっち側の出口が「俺」の好きな出口であるのを思い出していた。  「俺」が見えなくなったのを確認すると俺は高田馬場から池袋のホテルへと戻った。 ホテルに戻ると、置いていった携帯が目に入った。それをゆっくり手に取った。自分で自分の顔に向けてカメラでシャコっと取ってみる。ディスプレイを見ると少し疲れた感じの俺が写っている。 「このままだと、君は俺になる。でも俺は君には俺になってほしくない」  俺は自分の会社でいかに過ごしているかを思い出した。仕事中はかなりまともな経営者であっても、どこか心に小さな針の穴のような傷が残り、それを埋めることはあの5つの教えでもできなかった。その傷は小さくても何でも吸い込んでしまう底なし沼のようで、その穴をふせごうとして、仕事の後で酒を飲んだり女友達と遊んだり高級外車で首都高速道路をぐるぐる運転したり同じビルの連中と株式の上場の話やらで盛り上がる。それでもその穴はさっぱり埋まらないのであった。むしろ穴の吸引力はますます強くなり、もっと穴に何かをどんどん放り込んでくれ、と訴えているようであった。  俺は携帯をぐっと握り締めた。カメラが使えるならまだこの携帯には使い道がある。バッテリーが弱ってきているので、明日、例の家電量販店で適当に充電器なり何なりを買おう。 「よし明日は早く起きるぞ!」   俺は急いでシャワーを浴びると、明日に備えてさっさと寝ることにした。
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