5月9日

2/4
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/67ページ
 撮った問題文は鮮明に写っていた。余りに長くやると疑われる-このころはまだ携帯カメラで本の中身を写し盗りしていくような連中はいないはずなのだが-ので、ほどほどにして今度は池袋駅の中にある大型書店に移動して、同じように取りまくった。  次にそれを持って、駅の中の西口なのに名前が逆のデパートにあるレストランでオムレツを食べる。デザートを頼んで今携帯カメラで撮ったものを見ながら、問題の重点や気が付いたことをノートに書き起こす。「俺」は憲法が弱いので特に憲法の問題を集めた。あの頃、憲法に書いてあることは嘘だと思っていた。憲法が言うことが本当なら俺の親父が首を吊り、母親が失踪することはなかったはずだ。それに商法とも反するような考え方が多かった。それで俺はなんとなく憲法に対して苦手意識を持っていた。  書き写し終えるとそろそろ2時近くになっていた。俺は駅から急いで出ると、大学の中庭へと向かった。  中庭に入ると、所々置かれたいすの一つに「俺」が座っていた。一見すると日の当たるところで若者らしく穏やかに本を読んでいるように見えるが、この「俺」の心の中は誰にもわからないくらい混沌としているのだ。 「来た!」  俺は時間の流れがシステム手帳に書き込んだとおりに進んでいるのを確認した。奥の建物から工藤結花が現れて「俺」に近づいていったからだ。  彼らは何か話し合っていた。いつもは二言三言だけなのだが、今日はそれより少し長い。「俺」は困ったような緊張したような顔をして何か言っている。実は思考も何もせず、ただの屍が口を動かしているだけなのだが。 それでも工藤結花は笑顔ではきはきと話しかけている。俺は二人がこうやって話していたことをぜんぜん知らなかった。工藤は卒論用のファイルやノートがびっしり入った肩掛けのバックをずり落ちないように引っ張りあげると、「俺」から離れていった。  こうして二人が土曜日に会うことが約束されたのだ。
/67ページ

最初のコメントを投稿しよう!