砂漠

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砂漠

俺は今、人生を疾走している。明日とは真逆の方向だ。カラカラに乾いた急斜面を駆け上がると灼熱の地獄が待っている。そこで果てると白い骨も残らない。理想の最期だ。 しかし追っ手のサンドバギーが大地を駆け回り、大波のように広がる砂丘を幾つも乗り越えて迫ってくる。盗んだ車は骨董品でバッテリー残量も残り少ない。 傾いた日差しが地平線を赤く縁どっている。今の俺はどこまでも続く神秘的な美しさに感慨を覚える事はない。乾いた心はとても湿りやすいのだ。 心を躍らせてくれる人は助手席にいない。座ってたら、あいつは俺を停めてくれるだろうか。 いや、きっぱりとこう言う。あなたの足手まといになりたくない、と。 田舎育ちで殺伐とした駆け引きとは縁遠い女だった。それを承知で俺が都会へ連れてきた。爪に火を点すような暮らしより社交界で火花を散らす方が似合ってる。確かに彼女の可処分所得は四桁ほど増えた。それが本人にとって癒しになったことは火を見るよりも明らかだ。だが大自然のように人はねじ伏せることが出来ない。 それが理解出来ないのか、彼女はよく、「もう、帰ってください」と俺を避けるようで、そう言っては去る。それほど俺と別れたいのだ。そう必死に想うだけの俺には何の価値も無い。 それでも彼女が去るのを見届けるのはまだ早い。俺だけを、彼女と一緒に居たい。この先も付きまとわず、一緒に居ても良いじゃないか。 俺といるとき彼女の声は遠く、耳に残る。 「……」 車は加速する。どんどんと坂の上に近付き、気づけば俺は小高い丘の上に立っていた。 丘の上にはぽつんと一軒の家がある。目の前には海が見える。波打ち際からは潮の香りがし、風の音。 海が、見える。 「……」 俺は何から話すべきだろうか。 そう考えて、俺は頭を垂れ、目を閉じた。 風に体が揺され、意識は深い沈殿となっていく。     
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