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小人さんと名付けたその生き物は、特に何もせずそこに住んでいるようだった。
ひとけの少ない道ということもあり、住んでいる花を中心にくるくる動き回っている。
目的があるのか無いのかよくわからないけれど、私には懐いてくれているようで、普段なら見落とすような小さな花を教えてくれることもあった。
会話は、できないけれど。私が一方的に話すと、たまに鳴き声のような声を出すくらいだ。
ともあれ、私にとって小人さんはありがたい存在だった。
なんとなく学校に居場所が無い。そんな感情を溶かして消してくれるようだった。
登下校の時間しか会えないけれど、小人さんの存在は確実に励みになっていた。
今日もまた、いつもの場所で足を止める。小人さん、と呼びかけた口を慌ててつぐんだ。
人通りの少ない道にしては珍しく、男の人が歩いてきている。
鞄の中を探るふりをしていようとチャックに手をかけた、そのときだった。
「お嬢ちゃん」
まとわりつくような声が耳に飛び込んでくる。声の主――男の人はいつの間にか驚くほど近くに来ていた。
嫌な汗が背中を伝う。手が、伸びてくる。
思わず目をつぶった瞬間、ふわりと花びらが飛んできた。場違いなくらい美しいそれは、あっという間に視界を奪うほど増えていく。
強い風と花びらは一瞬だけ吹き抜け、それが収まったとき、私は息を呑んだ。
綺麗なひとが、そこに立っていた。絹糸のような長髪。和服に似た、上等そうな着物。切れ長の瞳がちらりと動き、男の人を見て冷たく光る。
艷やかな唇がするりと開いた。
「去れ。これは私の獲物だ」
凛と響く声は有無を言わせず、男の人は小さく悲鳴を上げて駆け出していった。
残されたのは、綺麗なひとと私。
住む世界が違うように美しいひとだ。だけど私の口は、自然と名前を呼んでいた。
「……小人、さん?」
綺麗なひとが微笑んだ。そんな気がした。
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