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明は渇いた音を立て、怜に口付ける。怜はうっすら目を開けた。
怜は、細かい呼吸を喉元だけで繰り返していた。
「レイ……どうだった……大丈夫か?」
明に殊更優しい声で怜は問われた。
何も考えられない。
身体はどこかに行ってしまったように感覚が無い。
怜は脳だけを呼び起こす。
「あぁ、別に……どうも、なぃ」
強がりの時にいつも口にする言葉を吐いた。その言葉は、怜が今までの人生の中でついた一番大きな嘘だ。
明の小さな笑い声が聞こえる。怜もなんだか自分が滑稽に思えて可笑しくなり、少し笑った。
薄く開いた目に、明の顔が徐々に映る。
怜の淀んだ視界には、笑っているはずと思ったのに、明の泣きそうな顔がぼんやりと映った。
(なんで?)
怜は困惑した。
明の望みは叶った筈なのに。痛くてしんどくて怖くて苦しくて泣きそうなのは僕なのに。
それでも最後までしたのに。
明は怜が二度と見たく無いと思った、泣きそうな表情を浮かべていて、怜の胸が無性に苦しくなる。
「……なんか、トリプルヘッダーして、」
「トリプルヘッダーって?」
「一日に三試合する事、だよ」
「それを、全部先発ししたって感じ……」
怜は今の自分に出来る精一杯の笑みをうっすら浮かべて、掠れた声を誤魔化しながら、言った。
「そうか……」
いつもなら、こんな冗談にすぐ笑顔でノッてくるのに、明は笑わなかった。
「……しかもボロ負けした、みたいだ」
怜の言葉を聞いて、明は漸く笑った。
やっと見せた明の笑顔を確かめて
残り一本張り詰めていた緊張の糸が切れたかのように、怜は意識を手放した。
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