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「ふぅ。繁忙期なんてなければいいのにな」
始業2分前。雇われ働く者ならば誰でも心に浮かんだことがあるだろうセリフを望は吐き捨てた。モニターから見えるのは何の変哲もない鳥居と、その鳥居をくぐってくる人々の群れ。
「本当に、そうですね。しかもこのクソ忙しい日に夜勤なんて私も御免被りたいですよ」
隣のモニターを眺める叶も望に同調する。
「毎年思うんだけどさ、こいつら暇だよな。真夜中なのに」
望の発言に叶は黙って頷いた。
始業時刻まであと30秒に迫っている。カチ、カチ、カチ…………時計の秒針は一定のリズムを保って6度ずつ回転し、頂上の12の数字に近づいていく。
「来るぞっ!」
望がそう言った瞬間始業のチャイム、1月1日午前0時を知らせる合図が鳴る。そして同時に神社の鈴の音がガラガラと聞こえてきた。次いでモニターから着信音が鳴る。出てきたウインドゥには
「新着の願いごとが6件あります」
と書かれていた。
「もう6件も来てるよ。さぁ、面倒くさいけどやるか」
そう望が言うと、
「もうこれは宿命ですね。神様組織『八百万の神』といわれる中の末端の末端の末端、いわゆる『下っ端神様』の」
叶もそう言ってモニターに向かい、マウスを右手で握った。
八百万の神の一員である望と叶が配属されているのは蛍雪神社の願いごと受理窓口。神社で手を合わせて賽銭を投げ入れた者の願いごとの一次審査をする窓口なのだ。蛍雪神社は地方の神社とはいえ勉学の神様が宿っていると評判で、毎年正月になるとおよそ5万人もの初詣客が訪れる。そのうちの半分が訪れるここ12時間は窓口に最も願い事が殺到する時間帯。 新着の願いごとを知らせる通知がさっきから鳴りっぱなしなのだ。
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