ババアとあたしともの言わぬ彼らと

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猛スピード。窓の外の景色がもの凄い勢いで後ろへ流れていく。立ち並ぶ木々がうねうね流れて、街に緑の絵の具が塗られていくようだった。左斜め前のミラーに、パトカーが見えた。サイレン。爆音。スピーカーを通して警察官が何か警告しているが、あたしの頭蓋骨のなかにはそれを理解する余白はもう無い。爆音が轟音に変わる。耳をつんざく音の渦のなかで、あたしの脳はわたしの過去を映し出す。両目、ブランコ、赤縁眼鏡、方程式、ふすま、水色の部屋、優しい光。パトカーが隣に追いついた。このスピードではババアの免許が取り消しになるのは間違いないだろう。それでも、あたしの口から自然と言葉が出てきた。 「・・・ねえババア、悪いんだけど、このままのスピードで走ってくれないかな」 「当たり前さね、いまポリ公なんざ気にしてたらあたしがお前を怒鳴りつけてやるところだ」 無表情で答えるババアに、あたしは心底感謝した。  空港に到着。だばすん、と勢いよくドアを閉めたババアにあたしも続いた。 「5番ロビーだ」 ババアが信じられないスピードで走っていく。あたしは必死についていった。老婆と汚い顔の女が猛ダッシュする様はさぞかし異様なものだっただろう。気を抜けばぜは、ぜはと漏れ出してくる声を押さえつけて、あたしはひたすらに走った。 「いたよ、あそこだ」 ユキタはロビーのソファに座っていた。
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