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霊感なんかまるでないが、僕には昔から変なものが見えていた。
「もいっ!」
「……」
「もいもいっ!」
黙っていると、『それ』はもう一度鳴いた。
鳴き声と呼ぶのが正しいのか、それとも僕が知らないだけで言葉なのか。
もちもちと丸みを帯びた、白い変ないきものが僕の横に座っている。
バレーボールくらいの白いモチの真ん中に、黒い点が二つと、にやりと笑う口がついていた。
落書きの如く単純な形のそれとは、もう何十年という付き合いになる。
「んもっ!んーももっ!」
「神さま、少し静かにして」
僕が言うと、そいつは笑った顔のまま大人しくなった。
『神さま』。
いつからだったか、僕はその奇妙なモチをそう呼ぶようになった。
他人には見えもせず、触れもせず、声も聞こえない。
僕だけが、神さまの微妙にあたたかいモチモチに触れることができた。
誰かに言うと、気味悪がられるのは分かっていた。
かといって自分の脳みそが作った幻想だとするには、あまりにリアルな感触があった。
「ももも」
神さまと呼んではいたが、僕はそいつを結構ぞんざいに扱っていた。
最初こそ気味悪がっていたものの、触ってみて、嗅いでみて、持ってみて、壁に向かってブン投げてみる頃には、畏怖などすっかり体から抜け落ちていた。
勿論神さまを壁に叩きつけて、罰が当たらないわけはない。
翌日、冷蔵庫と戸棚の菓子がすべて消え去っていた。
唖然とした顔で神さまをみると、いつもより口角が上がっていた。
『ふっ、ふもっ、ふももも!』
たまにそいつは楽しげな鳴き声を発し、ふるふると体を揺する。
笑っているのかまさか。と気づいたときには投球フォームが完成していた。
2年付き合った彼女に、浮気された挙句こっぴどく振られた夜の事だった。
その翌日は菓子が消えることはなく、代わりに何かの葉で包まれたまんじゅうが二つ、ちゃぶ台に置いてあった。
珍しく殊勝な神さまがおかしくて、昨日はごめんな、なんて言いながらそれを食った。
悲しみは、少しばかり和らいだように思う。
そうか、それももう、随分と前の話だ。
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