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そんなことを聞きたく無かったが
一番辛いのは芳だと思い、素直に頷いた。
「本音を言うと、
雅にも見せたくなかったな。
ずっとカッコイイ男でいたかったけど、
こればっかりはしょうがない」
「い、いつまでも芳はカッコイイよ。
私の中では世界一なんだからね!」
「はは。お前、ほんと俺のこと好きだな」
「うん、大好き。すごくすごく好き」
「…ちょっと先に行くだけだ。
雅も遅れて後から来るんだよ。
唯のこと、頼んだぞ」
「そんな、これでもう最後みたいなこと
言っちゃヤダ」
芳はやはり笑顔のままだ。
「子供なんて要らないと言い続けたけど、
ごめん、今では良かったと思ってる。
…雅を1人にせずに済む。
俺が死んでも、唯がいるからな」
「そんなこと…言わ…ないで…」
ポロポロと流れてくる涙を
そっと指で掬い、芳は私を手招きした。
「キスしよう、雅」
「う、うん」
柔らかく温かい唇が触れて、
その間を涙がスウッと通った。
「雅、愛してるよ。
絶対に幸せになるんだぞ?
じゃなきゃ俺、死んでも死にきれない」
「芳、私も愛してるよ。
だから死んじゃヤダ…」
両手で抱き締めようとしてくれるのに、
右手でしかそれは叶わない。
下半身どころか左手も動かなくなり、
もう長くないことは分かっていた。
「雅、本当に愛してるよ。
どうかどうか、幸せに…」
…この数日後、芳の意識は無くなり、
植物のように呼吸するだけとなった。
更にその1カ月後、
静かに芳は亡くなる。
享年33歳。
医師の宣告より5か月も早い死だった。
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