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本件の捜査に当たっていた刑事・柳は事件解決の糸口をつかむため、後輩刑事の村田を伴ない、ある事務所を訪れていた。
「先輩、ここで合ってるんですか?」
事務所はとは言うものの、その外観はどう見てもマンションの一室であり、日常的過ぎる雰囲気に戸惑いを見せていた村田だが、柳は「小暮」と書かれた表札を確認すると「時間がない。行くぞ」とドアノブをガチャリと回し、躊躇なくマンションの扉を開けた。
扉の向こうに一歩足を踏み入れれば、そこはまるで別世界だった。ということもなく、靴脱ぎ場に男物の革靴やスニーカーが置かれており、そこにはよくある一般家庭の玄関にある光景そのものだった。
「よく見た顔だな」
いつの間にか奥から姿を現していた男が、柳に向かって抑揚のない声で呟いている。
くしゃくしゃの髪を生やしたフレンチブルドッグのようなその男に向かって、柳は「よお、小暮」と気さくに話しかけるも、小暮は表情を変えることがなく、久しぶりの再会という様子ではなかった。
「悪いが時間がないんだ」
小暮は左腕につけた腕時計に目を凝らし、そのままの姿勢で柳に呟いた。
エプロン姿に長袖シャツの腕をまくり、夕飯の支度途中にやってきた訪問販売を撃退するかのような眼差しをこちらに向けてくる小暮という男。それが生まれつきのものなのか、長い刑事生活によって培われたものなのか、はたまたただ単に刑事たちを煙たがっているのか。
「お前に暇な時間があったことなんてないだろ。刑事時代だって・・・」
昔を懐かしむような目で記憶を呼び起こしている柳に、小暮は「昔話をしに来たのか?」と話しを遮った。
「実は事件のことで話をうかがいに来ました」
ここぞとばかりに2人の間に割って入った後輩刑事・村田だったが、今度は村田の目を見て小暮が呟いた。
「悪いが時間がないんだ」
元警視庁捜査一課の敏腕刑事であり、現在は主夫業のかたわら探偵業も営むこの男。人は彼を「時短探偵」と呼ぶ。
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