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事務所兼自宅ということだったが、我々が通された場所に事務所のおもむきは無く、完全にありふれた家庭のリビングルームだった。
ダイニングテーブルに座った柳の横で村田が話す事件のあらましを、小暮は対面キッチンの奥で夕飯の下ごしらえをしながら静かに聞いていた。
事件の顛末から容疑者となっている人物の情報、人間関係などを聞き終えると、小暮は蛇口で手を洗いながら「話は大体わかった」と作業を止めた。
「警察も忙しいらしいな。私のところに相談に来るぐらいだ」
「協力してくれるか」
「しかし私にはやることが山積みだ」
「お忙しいのは分かります、しかしぜひお力をお借りしたい。もちろん謝礼もお支払いします」
「時間はお金では買えない」
男は腕時計を一瞥すると「もうじき息子を幼稚園に迎えに行く時間だ」とつぶやいた。
「そう固いこと言うなよ」
しばらく村田と小暮のやりとりを聞いていた柳は、ここぞというタイミングでカバンがから手土産を取り出した。
刑事のカバンには似合わぬピンク色の包装紙に包まれた小箱を手にすると、「みんなで食べてくれ」とテーブルの上に置いた。
小暮の動きが一瞬だけ止まり、のぞき込むような視線を向けた。
「いちご大福だ」
柳の声を聞いた瞬間、小暮はほんの少しだけ眉を上げ、しかしやはり抑揚のない口調で呟いた。
「しばし時間を忘れることにしよう」
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