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時間を忘れると口にしたものの、刑事時代から「時計じかけの小暮」と呼ばれていた彼の手が休まることはなかった。
料理の下ごしらえが完了したあとは洗濯物を取り込む作業へと取り掛かっている。
あまりにもせわしなく動き回る小暮の姿に、思わず手伝おうとする村田だったが、「やめておけ」と柳に止められた。
「あいつは自分のペースを乱されるのを最も嫌うんだ」
小暮はたったいま取り込んだ洗濯物をその場でたたみながら、我々に対してようやく口を開いた。
「その女も時短を活用したというわけだな」
村田は目を見開いて男の顔を見つめた。
「その女?犯人は女性なんですか?」
村田はもちろん柳にしても、よもや第一声から犯人を特定する言葉が出てくるとは思ってもいなかった。
そうしている間にも男の手はテキパキと動き、3枚目の洗濯物をたたみに入っている。
「君たちの報告が正しければ、犯人は八神春江以外にはいないと思うが」
バサッと4枚目につかんだワイシャツを広げながら小暮は犯人と思われる人物の名前をあっさりと口にした。
「でも八神春江にはアリバイがあります」
村田はポケットから手帳を取り出して彼女の当時の様子を確認した。
事件のあった屋敷の使用人である八神春江は、犯行のあった時刻には夕食の支度をしていたことになっている。
メニューは彼女特製の手ごねハンバーグで、住人にとって人気メニューのひとつであるこの料理が犯行当日も振る舞われることになっていた。
ハンバーグを焼く工程からは、もう一人の使用人・山下裕子が合流し、二人で夕食の作業に取り掛かっている。調理の最中に八神春江が犯行を行なう時間があったとは考えられなかった。
「キッチンにいるあいだ、ずっと八神春江を監視していたわけではないだろう」
「そうですけど・・・」
小暮はすでに10枚以上の洗濯物をたたみ終え、たたみ終えた洗濯物が彼の脇にうず高く積まれていた。
「時間は止めることはできないが、作り出すことはできる」
「どういうことです?」
小暮は急に立ち上がり、たたみ終えた洗濯物を持って別の部屋へと消えていった。と思いきやすぐに戻ってきて、今度は浴室へと向かい、浴槽の栓を抜いて戻ってきた。
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