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「死亡推定時刻から見ても八神春江が犯行を行なったのは彼女が一人でキッチンに立っていたころ。つまりハンバーグのたねを準備していた頃だろう」
浴槽の水が抜けるまでの時間を利用して、ランニングマシンに乗った小暮が走りながら話し始めた。
「犯行現場は使用人用の屋敷のトイレ。彼女は夕飯の支度の合間にキッチンを抜け出し、あらかじめ呼び出しておいた被害者を殺害して再びキッチンへ戻ったんだ」
「だが100歩譲ってキッチンを抜け出せるとしても、その間に夕食の準備が整わないだろう」
小暮の推理に柳が口を挟んだ。
「ハンバーグをこねる作業は機械に任せたんだろう」
「機械に?彼女特製の手ごねハンバーグだぞ。しかも実際に彼女のハンバーグを食べた屋敷の人間たちは、いつもと変わらない出来栄えだったと証言している」
「機械でも手作りと同じぐらいの完成度を誇るミキサーはいくらでもある!」
小暮の口調が大声になったのは、彼が浴室の掃除を始めたからだった。刑事たち二人は浴室へ同行し、話しを再開した。
「ところで凶器は見つかっているのか?」
小暮のこの質問には村田も忸怩たる思いなのか、少し悔しそうに「まだ見つかっていません」と答えた。
死体の状況からひも状のものによる絞殺であることは判明しているが、肝心の凶器がどこからも発見されていなかった。
「おそらくパーカーのひもだろう」
小暮はまるで当たり前のように凶器の正体を口にした。
「パーカーのひも?」
使用人の女性2人は、普段からパーカーを着用することが多く、被害者の妻である静子と長女・真奈美は事件当日も2人のために新しいパーカーをプレゼントしている。
パーカーと聞いて思い当たることと言えばそれだけだ。と村田は手帳をめくりながら記憶を手繰り寄せた。しかし静子たちが八神春江にパーカーをプレゼントしたのは買い物から帰ってきたあとで、犯行時刻よりも後のことだ。
「八神春江はその日にあらかじめ着ていたパーカーのひもを使ったんだろう」
こともなげに言う小暮だが、これには村田がすかさず口を挟んだ。
「それは違います。確かに八神春江は普段からパーカーを着ることが多いですが、パーカーのひもはすべて外してしまうと証言していました」
これはもう1人の使用人・山下裕子も同じで、パーカーのひもは買ったあとすぐに取り外してしまうのだという。
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