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「こりゃ明日は現場止まるな」
ひかりは笑いを噛み殺した。そうすると、鼻が鳴った。
「お、豚鼻」
父ちゃんが笑う。
「なに、今日は豚カツやから豚の真似しとんのか、ひかり」
ひかりは指で鼻を豚にして鳴らした。かっ、かっ、かっ。父ちゃんが拍手して笑った。
「共食いなるがな」
「ともぐい、ともぐい、かっ、かっ、かっ」
ともぐい、の意味はわからないがリズムをつけて言いながら、豚の鳴きまねを続けた。父ちゃんの日焼けした顔がクチャクチャになった。
テーブルの上にはサランラップをかけた皿に豚カツと刻んだキャベツが載っている。
アパートの隣部屋に住む80歳のおばあさん、伊川さんが今日も晩御飯を作ってくれたのだ。
昼間は独りぼっちになる夏休み、伊川さんは夏休み中はいつも家に来て、ひかりと遊んでくれた。10年前、伊川さんは旦那さんに先立たれて、ずっと独り暮らしらしい。先立たれるってなんだろ? よくわからないが、父ちゃんと伊川さんがよく言うので、ひかりも真似して何となく使っている。
「父ちゃん、ビール呑む?」
ひかりは言って顔を上げた。父ちゃんの優しい笑顔が見えて幸せな気分になる。
「呑む呑む。今日は昼間暑かったしな」
バスタオルで頭を拭きながら父ちゃんが言った。ひかりは小走りで台所に行った。冷蔵庫に手をかけた時、「あー、その前にひかり」と父ちゃんが言った。
「母ちゃんにご飯してあげて」
「うん、せやね、父ちゃん」
ひかりは炊飯器の蓋を開け、小っちゃな受け皿にご飯を盛った。
父ちゃんと二人で部屋の隅にある小さな仏壇の前に座った。写真の中で笑ってる母ちゃんと目が合う。
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