第二話  お仕置きは躊躇いなく

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 4・  ちょうど一年前。  トロントにある本社ビルの最上階のオフィスで、恒星はリュウにせがまれて面接の真似事をした。  まだ年若い少年をリュウに紹介され、彼の甥にあたる周人の存在を知ったのである。それは恒星が、東京オフィスの事件に巻き込まれる前。セイラと親密な関係を結ぶ以前の出来事だった。  その時。  恒星はリュウから、彼の後継者がまだ十五歳の子供だと聞いて驚いたものだ。  厳家とリュウの家の拘わりは深い。  厳恒輝と五條芳子の恋は、結婚式を前に蘇州の夜に砕け散った。  それを機に、恒輝叔父は一族を連れて日本軍の監視下から逃れ、カナダに移住したのである。  少しずつ準備を進めていた恒輝が上海を出ると決意した時、上海で表向きは漁師を生業にして居たリュウの先祖もまた厳家と共に上海を捨てた。裏の世界に通じ、厳家とも親しい間柄にあったリュウの一族。  彼らもまた、日本軍に睨まれていた。厳家に肩入れして日本軍を敵に回してしまったリュウの先祖には、広東軍の報復から逃れる方法が他になかったのだ。  以来ずっと、厳家と共にカナダの地で生きてきた。厳グループが今あるのも、リュウが率いる警備部門があったればこそ。恒星を守る世界に名だたる鎧だ。そのリュウの家で家長の座を引き継ぐと言う事は、やがては厳グループの警備部門を統率する責任者の地位につくことを意味している。  だが雪上車の中で観察するところ、周人はいたってお気楽にその将来を考えているように見える。  「リュウ」  「あの子供は厳グループの警備部門がどれほど危険で厳しい任務を負っているのか、充分に解っているのか」  厳しい顔で恒星が尋ねたのだ。  「さっきの事が、お気懸かりなのですね」、リュウがすかさず言葉を返した。  恒星が気にしているのは多分、周人がわざわざ鏡を使って行ったあのトリック。まるでマジシャンのイリュージョンを気取った、ホテルのパーティールームで使ったやり方の事だ。  パーシーが面白がっているのは、イギリス人特有のユーモアだろう。恒星はパーシーに調子を合わせておいたが実はいたく不快。  雪上車に乗り込む前のチョットした間をつかんで、リュウを問い詰めたのである。  「なぜホロスコープを使って簡単に事を済ませなかったのか、説明を聞きたい」、厳しい恒星の追及を受け、リュウは言葉に詰まった。  遣り方をもっと厳しくチェックすべきだったと、臍を噛む思いだった。  リュウも実のところ、まるで危険を楽しんでいるような周人に戸惑っている。新人の驕りと言えばそれまでだが。  恒星のその不安は、ロッキー山脈の屋敷に帰り、セイラの新しい客人を見せられて一気に倍増した。  彼のリビングルームでくつろぐ少年。日本の極道が育てたミュータントを見せられて、ハリウッド映画もまんざら嘘ばかりでは無いと思えてくる。  「ねぇ。彼はね、ご隠居様が付けてくれたアタシの助っ人なの」  「とっても可愛い男の子なんだけど、聖也って言うご隠居様の秘蔵っ子なの。老い先短いご隠居様は、アナタに聖也を預かって欲しいらしいのよ」  可愛い羊の皮を被ったセイラが、素早く恒星ににじり寄る。  「それはどういう意味だ、セイラ・・この若造を僕に預かれと言うのか」  恒星の苛立った声が、ロッキー山脈の屋敷中に響き渡った。美少年でも男は男。嫉妬深い恒星には、セイラの傍に男を置く気など欠片もない。彼の側近として預かると言う事は常にセイラの傍にこの美少年がいるということだ。  速攻、拒否反応が起こる。  雷神さながらに怒り心頭。  しかもご隠居様がらみだなどという、これ以上の厄災は絶対にご免被る。又しても危険を呼び寄せるセイラの特殊な才能に、青筋を立てて怒っていた。  「約束通りに、危ない事はしなかったじゃないのぉ」、可愛いらしさを前面に出して下手に出てみたが、恒星を宥めるまでには至っていない。リュウもまた、目の前で楽しそうに女帝のアサシンを搦めとった新兵器に見入っている若者の姿に、言葉を失った。  確かに自慢の新兵器だが、曲がりなりにも兵器なのだ。玩具のように見惚れている相手の神経を疑う。  「これじゃァ、周人が二人になったも同然じゃ無いか」、うんざりして溜息も出ない。  しかも恒星の例の特殊な能力が、若者が発する気をビンビンに感知していた。確かに目の前の聖也は見栄えのする美少年には違いないが、恒星にはこの若者が身に纏う禍々しいオーラがハッキリと色と形になって見える。  色は茜を混ぜた白光色。  それは鮮烈な匂いさえ漂う人の血の茜色。若者の身体を包む鮮血の色をした怪鳥まで見える。大きく翼を広げて・・楽しそうに爪を研ぐ炎の妖鳥。  陽気なほどの殺意を、綺羅らかな衣裳のように軽く羽織った堕天使だ。  「そうなんだ、貴方がねぇ」  不遜な眼差しを恒星に向けて、聞捨て為らないことを言った。  「遣りての実業家だとご隠居様が言ってた厳家の当主さんかぁ。真っ当な人間でガッカリだよ。セイラさんを自由にしているって聞いてたから、どれほどの妖怪かと思ったのになぁ」、タメ口の後で。  「な~んだ、タダの男じゃ無いか」  ブスッとした顔で、セイラに噛みついた。  「そんなことないわよ。ああ見えて恒星は立派な戦士なのよ」、指をスカートの中で交差させた。  嘘をついた時のお呪いだ。  「セイラ、今すぐこの危険物をご隠居様に返すんだ」、恒星がすっかりへそを曲げて、プイッと横を向いた。  リュウとマイラは、興味津々。  恒星のこんな子供っぽい反応は見たことがない。セイラが絡むと、時々恒星はやんちゃな子供のような態度を取る。  セイラとしても、こんな恒星は想定外。  だが意外な事も起こった。  この展開が、ヴィクトリアとパーシーをいたく喜ばせたのだ。  二人にとって、日本の極道は研究対象としてとっても興味深い。この少年を育てたのがご隠居様と呼ばれる、日本の関東圏でその名を知らぬものがいない極道の大親分だと言うのもたいそう興味深い。  「ねぇ、パック。あの子供をアタシたちの養子にしましょうよ」  「綺麗だし、妖気漂う東洋の神秘だし。それにアタシたちと一緒にスコットランドの田舎で暮らせば、きっとあの子の妖気も安定する。美しく輝く自然に囲まれて暮らせば、きっと穏やかなものに変化するわ」  ヴィクトリアが引退後の希望を語ったのは初めてだった。カノジョは確かに今、二人でこの妖怪子供をスコットランドで育てる計画を立てた。一緒に次の冒険を始めようと誘ったのだ。  パーシーの胸に喜びがジワッと滲み出る。  「いいねぇ」  「僕が相続したマナーハウスのあるスコットランドは、妖精の国だからな」  「じゃァ、決まりね」、ヴィブのウインクがたまらなく嬉しい。  聖也の意志には関係なく、養子話がドンドンと二人の間で進んでいくのを横に立って驚きの眼差しで聞いていたウィラー博士が、二人の間に割って入った。  「君たち!遊び過ぎだよ。恒星をネタに楽しむのはいいが、勝手な憶測はこの少年に失礼だろう」、少年呼ばわりされた聖也が不快そうにウィラー博士を睨んでいるのを、ハラハラしてセイラは見守った。  この危険極まりない生命体を侮辱するのは地雷を踏むに等しい。  「だってこの子は、ニッポンの極道が育てたヤマト魂の純粋培養なんだよ。同じく滅びゆく種族のイギリス貴族としては、捨てて置けないだろう」、パーシーが反論する。  「いや、君の見解は間違っている」  そこからが長い舌戦の始まりだった。  ウィラー博士のヤマト魂についての長い講釈が始まり、パックがまたそれに反論する。ヴィクトリアが欠伸をかみ殺した。  「あ~ぁ」  「パックはこう言う言い合いが大好物なのよ。始めたらほぼ半日は止めないわ。放っておきましょう」、言い合いのもとを作って置きながら、二人の間に入ることを放棄した。  
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