第二話  お仕置きは躊躇いなく

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「そうね。この問題は女帝の始末をしてからでも遅くないわね」、セイラも、ココは触らぬ神に祟りなしだと放置を決め込む。  二人の会話を黙って聞いていたマイラがやっと口をはさむ好機を得たとばかりに、聖也の忘れ物を如何するか聞いた。  恒星とリュウは地下ケーブルの入り口で女帝の部下と死闘を繰り広げて疲れ果てたボスとパパゲーノを拾って、屋敷に戻って来ていたのだ。  飲まず食わずで闘った二人は疲労困憊。  今はダイニングルームで、黙々と食事をパクついている。  「セイラ]  [君と僕はこれから書斎で確り話し合うんだ。いいな」、恒星に腕を掴まれて捕縛された。  書斎に連行されながらマイラに、ボスとパパゲーノの世話を頼んだ。  「お任せください」  「それじゃァ、聖也。貴方は私と新兵器の説明をダイニングルームでマイラから聞きましょうか」  「聞きたいんでしょう」  魔女の微笑みを浮かべたヴィクトリアが、聖也を連れてダイニングルームに向かい一件落着。  取り残されたリュウと周人が、仕方なく女帝のアサシンの捕縛を請け負う羽目になったのは気の毒な事だった。  周人は不満でいっぱい。  「チェッ」  「僕まで良いとこなしの尻拭いだなんて。もっと叔父さんの後継ぎは面白い仕事だと思ってたのに」  「黙って働けッ」  遂に、リュウが切れた。  「叔父さん。捕まえた奴らを拷問するのを僕に遣らせて・・」、言い掛けた周人にまた「黙れ」と言い渡す。  周人が期待を込めた目でお伺いを立てるのを聞いて、もう沢山だと思った。周人をトロントにある寄宿学校に戻す決意を固めると、後継者の選択を早まったと後悔した。 「恒星、お願いがあるの」  「あの妖怪子供の事なら聞きたくない」  「そのことじゃ無いわ」  書斎では、新しい争いが勃発していた。セイラが女帝と直に対決したいと言い出したのだ。  「マイク・ウッドとの決着は貴方にお任せする。でもね、あの女帝とか言う妖怪女はアタシの天敵。前世からの因縁を感じるのよ」  セイラが言うには・・  女帝の事を考えるたびに、背中の龍がうずッと蠢く。だから厳家に伝わる伝説の中に答えがあるらしいと気付いたと言うのだ。  「ご先祖様の妻、そいつの家系が怪しい」  セイラが断言した。  恒星は伝説の乙女のことを結婚前に少しだけ、セイラに語って聞かせたことがある。  その事を、今更ながらに後悔した。  「恒輝さんの日記の中にきっとヒントがある」と、セイラは言い張って引かない。  「見せてッ」、きつく言い募る。  久しぶりに見る逞しいセイラ。  嬉しいような、心配で堪らぬような。複雑な気持ちだ。  仕方なく恒星は、厳家に伝わる項羽と楼蘭から来た奴隷娘との恋の話を語って聞かせたのである。  「じゃァさぁ、その高貴の姫様ってのが奥さんになったんだ。皇帝の親族かなぁ」  「それ程の血筋とは思えない。成り上がりの商人の妻だ、おそらく高級官吏か地方の豪族の娘だろう」  恒星がセイラの質問に、気で鼻をくくったような返事をする。あまり詳しく話したくない。じゃじゃ馬が次に何をする気なのか、多いに不安なのだ。  そこでセイラは女帝の名前を思い出した。ミカエルから昨日、御隠居様が調べた女帝の詳しい情報が送られてきているのだ。  女帝は楊吟麗と名乗っている。楊家も厳家と同じく蘇州の出だが詳しくは不明。厳家とは国を離れた時代に違いはあるものの、地方の名家の一つだったらしい。  セイラの憶測では。  楊家と厳家の関わりは伝説の乙女に関係があると踏んでいる。そうとう根深く見える怨みだが、恒星よりもセイラを抹殺することに執念を燃やしているように見える。  「いいかセイラ、よく聞くんだ」  黙り込んで自分の考えを追っている目の前のセイラに、ついに恒星の癇癪が沸点を越えた。我慢の糸がブツッと、音を立てて切れた。  セイラをキツク抱き竦めると、腕の中に閉じ込めて締め上げたのだ。  「ウウッ」と、セイラが呻いている。  「マイク・ウッドが関わっているらしいアメリカン・イーグルは、僕とパーシーで片付ける。君は大人しくここに居ろッ」  「解ったか、いいな!」  「この屋敷に導入した警護システムを破る事など、どんなテロ組織にも至難の業だ。我が厳グループの誇る開発チームが生んだ英知の結晶が配備してあるんだ」  「お前は自分の身体の中に、僕や厳家にとってどんなに大事な宝物を育んでいるのか、もっとよく考えろッ」と、それはキツイ口調で叱ったのである。  セイラは、チョットだけ反省した。  その時不意に。  セイラは床に穴が開くのを見た。ぽっかりと空いた穴から白光色の輝が溢れる。  「行くよ、凛子ちゃん」  突然に。耳の中に響いたのは、黒龍になった昇お兄ちゃんの声。白光色の輪がさらに広がって、中心に懐かしいジュリエットが煌びやかな唐時代の衣装をまとって立っていた。  「セイラ、伝説を確かめに連れて行ってあげる。早く光の輪の中に入ってよ」  ジュリエットのあの艶っぽい声までが、セイラの耳に響いた。  光の輪が近づいてくる。そして吸い込まれた。それはシュッパッと、吸引器に吸い込まれるような体験だった。  光のトンネルが何処に繋がっているのかはサッパリ解らないが、黒龍とBチームのジュリエットの召喚だもの。応じない訳に行かないじゃ無いか!  「女は度胸だッ!」  エイッとばかりに、意識が異次元に向かってジャンプしたのである。輝がセイラを包んで、意識が螺旋の中をくぐり抜ける。  身体がクルクルと回転した。  それはあのイタリアの海で、蒼いうず潮に呑みこまれた時と似ている。  「もう直ぐだッ」  「頑張れ、凛子ちゃん」  「セイラ、頑張ってよ」、ジュリエットの声だ。  声のする方に伸ばした手に、黒龍の背中が触れた。  「乗るのよ、セイラ」  ジュリエットに導かれて素早くその背に飛び乗ると、一気に時空の壁を越えたのだった。
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