第三話  夢のお告げ

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「立って下さい。私に偶々お金があったと言うだけのことだ」  「アナタは子供達を早く村に連れ帰ってやりなさい」  要領よく良い恰好をする奴だなと、陽成は呆れて聞いていた。星蘭の感謝をこめた意味深なハグが欲しくて買っただけのくせに。  だがそれが、行き詰っていた海運業への転身を可能にしたのだから、世の中は判らないものだ。  モリを扱いなれている荒くれ漁師の村は、なんと海賊業に勤しんでいたのである。項羽と武穀の利害は一致。  交易の船団を海賊の襲撃から守り切れる護衛艦があってこそ、半年を超える長い航海に乗り出せるのだ。  それは欠くべからざる必須条件と言うモノだろう。護衛艦は皇帝の海軍の払い下げ船を何とか購入。チョット襤褸だが、とりあえず軍艦だ。  早速、武穀の率いる海賊一味は船団の護衛として正規の傭兵部隊の認可を受けた。これは武穀たちにとっても、お尋ね者の生活を捨てる大きなチャンスだったのである。  それ以来、武穀は星蘭の熱烈な信奉者に為った。陽成が見る処、武穀は星蘭に惚れている。ボスの妻だから一生懸命に気持ちを隠しているが、それに間違いないと踏んでいた。  「今の事態を打破する為には、項羽をその鈴麗とか言う楊家の女から引き離すしか無いだろう」  「航海から戻ったばかりで疲れているところを悪いが、是非とも力を貸してくれ」  呼ばれて駆け付けて来た武穀は星蘭の境遇を聞いて、余りの待遇に怒り心頭。鬼のような形相になった。  「サッサと鈴麗の寝室から、項羽様を攫って来よう」  「その楊家から来た宦官どもは一人残らず船で沖に運んで、獰猛な鮫の餌にして遣る。星蘭様をそんな境遇に落とすなど、項羽様と言えど許せんわぃ」  「ウムム」、武穀の熱気を孕んだ勢いに押されて英明が呻く。  「耳を貸せ」  陽成が武穀と英明を手招きすると、項羽の奪還作戦をたてた。それが半月前の事だったのである。  作戦の遂行に向けて、それぞれがするべき準備を推し進めた。英明は北の棟の見取り図を手に入れると、侵入経路を確認した。  陽成は楊家と鈴麗についての詳しい情報を集め捲った。特に鈴麗の情報は、金を惜しまず掻き集めたのである。  「あの女は何だか怪しい」、陽成の勘だった。  集めた情報のあまりの内容に驚愕。それは信じ難いモノばかりだった。  「奪還作戦を早めよう。項羽様の命にかかわるかもしれん。楊家の狙いは、豪商富豪に伸し上った厳家の乗っ取りだ」  陽成には確信がある。  鈴麗の前の嫁ぎ先の貴族の家も、突然の夫の死に際して鈴麗は何も貰えずに放り出されたと世間では言われている。長男が全ての財産を継承したことに為っているが。  実は違う。  夫の死から一年後。鈴麗が娶せた長男の嫁の手によって、密かに彼は暗殺されていたのである。  結果として。  妻が産んだ生後三か月に満たない赤ん坊がすべての財産を継承した。  その後が奇異だった。その女は赤ん坊と一緒に実家に戻ったことに為っているが、その行方を知る者は誰もいない。  おまけに継承した荘園はすべて、楊家のモノに為っていたのである。  「武穀と私で鈴麗の寝室に押し入る。英明は星蘭様の面倒を見てくれ」  役割分担をすると部下を従え、決行するために庭に潜んで機会を窺っていた。  その目の前を。星蘭が裏庭の方角から飛び出してくると、鈴麗の寝室を目指して北の棟に駆け込んでいった。  「オイ。今のは星蘭様じゃないか、おいたわしい。余りにもみすぼらしいお姿では無いか」  「一人で飛び込んでいくなんて、何て無鉄砲なことをするんだ」  「助けにいくぞ」  その時だった。  腰を上げかけた目の前を、星蘭を追って紫覆面の一団を引き連れた老女が駆け抜けていったのである。  「なんだ、あのババァは」  年寄りとも思えぬ素早い動きで、忍者も顔負けの走りを見せる老女に武穀と陽成は眉をひそめた。  「まさか・・あの噂は本物か」  「なんだ、その噂って」  呟き合う陽成と武穀の前を今度は黒龍が空中を飛んで行く。その後ろから艶やかな襦裙を身に纏ったみだれ髪の美女が追っていくのが見える。  もっとも彼等の眼には、黒龍に跨った実態を持たぬ魂だけのセイラは見えなかったのだが。  「アレはなんだ」  「手足の生えた、鱗のついた黒い蛇が空を飛んで行ったぞ」  「後ろから走って行ったあの女はなんだ」  「解らんが、とにかく星蘭様の後を追うぞ」  陽成と武穀も部下を引き連れて、大急ぎで目の前を通り過ぎて行ったモロモロを追って北の棟に駆け込んでいったのだった。
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