第三章・あなたを知りたい

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「おい、危ないだろ!」 千鳥足で歩く、ビヤ樽みたいに腹の出た 中年親父と衝突しそうになった愛歩の腕を 引っ張り、寸でのところで救った俺は、 ジロリと相手を睨み付けた。 詫びの言葉を呟きながら、そそくさと離れて 行く酔っ払いを見送って視線を戻すと、事故に 遇いかけた当の本人は、なぜ引っ張られたのか 理解できていないのか、中身半分ほどの グラスを持ったまま、大きな目をぱちくり させている。 「なにをぼうっとしてる。危うくビヤ樽と ぶつかるところだったんだぞ」 「ああ……ごめんなさい。ありがとう」 こうして注意をしている最中も愛歩は どこか上の空で、俺の話をきちんと 聞いているのかは、怪しいものだ。 笠原親子に会ってから、彼女は明らかに おかしい。 兄貴の登場でほんの数秒、注意を逸らした あのわずかな間になにかがあったのだろう。 きちんと見ていなかったことが悔やまれる が、少なくとも肉体的になにかをされた わけではなさそうだ。 本来なら、ここで愛歩を気遣うのは兄貴の 役めなのに、壇上での挨拶を終えて、一度 戻ってきたあいつは、仕事関係の知り合いに 出くわし、愛歩とろくに話しもしないうちに どこかへ引っ張って行かれた。 そうなると俺が愛歩のエスコート役を するしかなく、これでは誰と誰のデート なのか、わからない状況になっている。
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