第三章・あなたを知りたい

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「本当にこんなところで良いのか? ちゃんと家まで送るけど?」 ほどなくして俺は、愛歩の指定した いくつかの商店が並ぶ道沿いに車を停めた。 スカイツリーが間近に見える、いかにも 下町といった雰囲気の場所だ。 「ちゃんと送ってもらったわ。ここが私の 家なのよ。といっても私は住んでない んだけど」 そう言って愛歩が指差したのは、正面に 建つ素朴な田舎家風の建物だ。 「君の家は何か商売をしてるのか?」 「小さいけれどレストランをね。洋食屋 って言う方が正しいんだけど。祖父が 開業して、今は兄夫婦が中心になって 運営しているの」 誇らしげに説明されて建物をもう一度 よく見れば、暗くて文字は見えないが、 ドアのところに木の看板がぶら下がって いる。 土曜の夜だというのに店内の灯りは 仄暗く、どうやら今夜の営業は終った らしい。 思いがけずに知ることになった愛歩の 生活の一部。 ここが愛歩の生まれ育った場所。 それを知った途端に、ただの下町の 街並みが特別な風景に変わった気がした。 「じゃあ私はこれで」 ぼんやりと店を見上げていると、急に 愛歩の声が聞こえて我に返った。 彼女は大きな紙袋を提げて、 俺を見上げている。 「送ってくれてありがとう。今夜は いろいろお世話になってしまって……」 「いや……。こちらも、兄貴が相手を できなくて申し訳なかった」 「立場的に仕方がないわよ。私も途中で 抜けてきてしまったし、お互い様だと思う」 「それでも、きちんと相手ができないなら、 あいつは君を誘うべきじゃなかったんだ」 強い口調で言うと、愛歩は答えようが なかったのか、曖昧な笑みを浮かべた。
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