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「殿様、次の舟にて渡れるそうに御座ります」
國分川流域どころか此の国中で渡し船や運船を操業させ手広く商いしている、川廻船問屋の得能家の船頭と話を付けてきた近習が、川べりの坂を駆け戻り報告してきた。
彼らは川辺に設営された船着き場から渡し船に乗って、新町屋側へと赴くのだ。
「苦労であったな」
兵庫介は川原石の上に片膝をついて報告した近習を労いつつ、自分達と同じく舟待ちをしながらさざめいている人々をゆるりと見渡した。
「ふむ。相変わらず人が多いの。しかし国主家の使いでもなければ渡し賃も荷駄賃も無料ではあるまい、町家で折角仕入れた買う品々もさほど大量に運ぶことは出来まいしの、それでもワザワザ買いに来るという事は、それだけ求める品々が安く品数も多く欲求を満たすに十分な数量があるのだろう」
新町屋に繋がる舟を運営しているのは得能家だけであって、その通常の渡し賃は人なら一人四文、馬なら一疋十六文、荷駄だと重さの違いより、一荷が十文から三十文の範囲で賃金が設定されているのだが、商売上での付き合いが深い茅野家と得能家との取り決めで、茅野家に連なる人間に限っては無料となっていたのだが…。
「まあ、我らとしては助かるが、商売好きの飯井槻さまとしては面白く無かろうな」
むろん兵庫介は、茅野家の有益な商売取引相手である得能家に対して不平を云っているのではない。
新町屋が機能するまで碌に有用な町家を城下にこしらえる訳でもなく、また、月々に定期的に市を立てる施策をするでもなく、侍や民の日々の生活を気にも留めず、ほぼ野放図に放ったらかしにしていた国主家に対して不平不満を言っているのである。
「…にも拘らず国主様め、舟賃の上りの六割はしっかり納めさせているのだから呆れかえるな」
兵庫介は愛馬から降りて背後を振り返り、苦い顔をする。
彼の目線の先には、やたら勇壮雄大な巨城【季の松原城】が広大な盆地を抑え込む要石のように、大地に居座っていた。
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