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渡し船の短い旅は殊の外快適で、なによりも心地よい揺れ具合いが兵庫介の疲れた体を居眠りへと誘うには十分であった。
そうして気付けば、向こう岸の新町屋の船着き場に舟が着いてしまっており、ついつい兵庫介は自分が転寝してしまっていたことにびっくりさせられたりもした。
「あふっ?!ふむ、では降りると致すか」
兵庫介は大きな欠伸と背伸びをひとつしてから舟を降りて、愛馬を引き渡された際に厳めしい船頭と水夫たちに厚く辞儀をし、得能家の計らいにはいつも感謝している旨を如才なく申し伝えた。
すると、刀傷が残る船頭が豪快に笑い、『こちらも、飯井槻さまには大層儲けさせて貰っておりますからお気になさらずに』と、兵庫介に近寄り小声で応え、舟に新たな人と荷駄を積み込むや、さっさとまた対岸に向けて出航していった。
「なかなかに清々しい船頭と水主たちであったな、では皆参るとするか」
兵庫介は僅かばかり寝れたことと、得能家との繋がりを再確認できた事で晴れ晴れしい顔をして配下に出立を告げ、隊列を整え河原道を上がり歩み、程なくして茅野家の配下の商家や宿場が競るように軒先を並べる、新町屋の賑やかな大道に久しぶりに足を踏み入れることとなった。
その大道の右手頭上には、空を覆わんばかりに切り立った断崖絶壁とも呼ぶべき急峻な河岸段丘があり、そこに禍々しいばかりの威容を誇る新町屋城が眼下の者共を威圧しながら存在していた。
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