1人が本棚に入れています
本棚に追加
次の日、娘は姉と買い物に行くことになっておりましたから二人仲良く並んで道を歩いておりました。川沿いの道をゆっくりと進みながら、姉はふと思い出したように手を打つと妹の方へ顔を向け「貴女はどうして私やお母さんが褒めても嬉しそうにしないの?」と聞きました。娘と同じ真珠色の肌には赤みがさし唇はゆったりと弧を描いています。無邪気な問いかけに娘は困ったように手を握りました。
「喜んでいないのではありません。けれど、どうしても受け止められないのです。私はある程度まで何でも出来るけれど貴女のように秀でることはできないのですから」
「まあ! 傲慢な妹ね!」
姉はからからと笑いながら小走りに前へ躍り出ると娘を振り返りました。
「だから貴女は私たちがどれほど可愛がってもそんなの知らないと言わんばかりに閉じこもって、悲しそうな顔をしているのだわ!」
娘は口を閉ざしたままでありました。母親が、姉が自分を大切にしていることを知っていたからです。そしてその愛に応えることがどうしても出来ないこと娘は心の内に秘めていました。娘には分からなかったのです。年頃の少女たちが囁き合う恋も、自分以外の誰かを大切にする愛も。不器用な娘は自分のことで手いっぱいでした。与えられる愛を素直に受け止めないことも、その愛を返さないことも、非難されることだと知っていましたから、自分の殻にこもっていたかったのです。
「誰かを愛する事も出来ない!」
心の中で娘は叫びました。
そんな娘の気持ちも知らず姉は娘の握り込まれた指の隙間に自らの指を入れ込むと手を引いて歩き始めました。
「それでも、貴女らしくていいと思うわ」
姉は横に並ぶ、少し低いところにある瞳に向かって片目を瞑ってみせました。娘は大きく息を吸うと喉にかかる言葉もろとも空気を飲み込みました。愛されていることを知りながら愛を返そうとしないことのどれほど傲慢なことでしょう。けれども出来ないことは出来ないのです。「周りの人たちのことは大切で、大好きでも、彼らから受けた親愛と同じものを返せないのであれば、かつて出来なかった物と同じに、諦めてしまってもいいでしょう。傲慢な娘なのだから……」娘は姉と繋いだ手から力を抜いたまま、手を引かれて歩きました。
娘はそれきり誰かを愛そうと努めることをやめてしまいました。
最初のコメントを投稿しよう!