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 地平線の彼方から赤味がかったオレンジ色の「太陽」が昇りはじめた。中天には木星によく似た巨大な茶色の星が浮かんでいる。清々しい朝だ。  ここは地球を遠く離れた恒星系の惑星のひとつ、木星型巨大ガス惑星を母星とする衛星だ。太陽系で言えばエウロパやガニメデのような星と考えていいだろう。大きさは金星ほどで、地球に似た大気も水もある。  この星には2種類の夜がある。自転によって私が今いる側が恒星の反対側に回る、いわゆる夜。そして、この衛星が母星とする惑星の影に隠れる惑星食のために起こる「夜」だ。この夜明けは前者である。  季節は夏。数㎞先を大河がゆったりとうねり、その支流がドーム型の基地の脇を流れてせせらぎの音を運んでくる。  ここしばらく雨は降っていない。地球時間で、あと2か月は降らないだろう。ここはそういう世界なのだ。  私はドームを出て正面にある丘へと向かう。今日の仕事はすでに済んでいる。3台の小型自動掘削機を発進させ、基地の保安チェックを済ます。1時間もあれば終わってしまう。掘削機が採掘する鉱石は小粒なダイヤモンドほどのもので、莫大なエネルギーを引き出せる。検知器への反応はめったにないが、発見さえすれば地表から10mほどの深さにあるので、大々的に掘り起こさなくても小型自動掘削機で容易に発掘できてしまう。  頭の中にチリチリとした刺激がある。この星の生命が私の存在を感知し、語りかけているのだ。朗らかな挨拶を受けているかのようで心地よい。私も挨拶を返すように、ときどきしゃがみ込んでは足元に咲く可憐な花に優しく触れてまわる。  この星にはほとんど風がない。シンと静まりかえる中、川の流れる音だけがさやかに聞こえてくる。よく耳を澄ませば、5㎞以上も離れたところで作業をする掘削機の音すら聞き取ることができるほどだ。  目に見える範囲の景色には、きらきらと光を反射する水面以外何の動きもない。あたかも絵画の中に入り込んだようだ。  黒々とした砂の間から草が生えて、叢を作っている。足取りが軽いのは地球よりも重力が低いからでもあるが、それだけではない。 (今日も彼女に逢える)
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