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源之助は男の言葉を聞くや、握る拳を若干ほどいた。実のところ、昼間執り行われた御様御用以来、どうにも胸騒ぎがしてならなかった。そこに来て、真夜中の見知らぬ訪問者である。日頃、冷静さを保つ源之助であっても、多少なりの不気味さを感じていたのだ。
「いくつ、御所望でござるかな?」
山田家は、市中の者たちから忌み嫌われる首斬り家業を行なうだけに非ず。他にも幕府から特権を与えられていた。
副業として薬の製造、販売である。
薬の原料となったのは、人間の胆のう……つまり肝。その肝は処刑を終えた屍体から採り出したものだった。熊や犬の肝ではなく、死んだばかりの人間から採れた肝は、『人胆』とも呼ばれた。肺の病などに効き目があったと云う。
この肝売りは、何処の藩にも仕官していない浪人山田家にとって重要な収入源になっていた。
源之助の問いかけに、男は小さな声だが、はっきりと告げてきた。
「今日のモノを……お願いしたい」
――何時何時に採れた人胆が欲しい。
などと注文をつけてくる客など珍しい。源之助は首を傾げた。
この客人の言う通り、今日の昼に御様御用を終えた屍体から胆のうを採り出していた。そして今は、小伝馬町牢座敷から山田家の蔵に保管してある。だが、取り出した肝は手を加える必要がある。薬として販売するにはまだ早かった。
(もしや、新鮮な肝の方が効き目あり、と誤解されておるのか)
源之助は頭の中で解した。咳払いし、男に向かって丁寧に説明し始めた。
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