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「私、好きな人がいるの」
ノゾミは不意にそう告げた。オレは覚悟を決めて、「そう」と短く答えた。
「彼はまだ大学生で、コンピュータを勉強している人。彼が大学を卒業したら、今の店を辞めようと思っているの」
「オーナーには話したの?」
もちろん、ノゾミは首を横に振り、「彼は関係ない」とオレは何も問い掛けていないのに勝手に答えた。
「お兄ちゃん、命の重さって考えたことある?」
「あるわけでないだろう。ノゾミは分かるのか?」
すると、こんな話を妹が始めた。
人間の思考を再現するには、基幹となる思考の特徴を分析しなければいけない。とはいえ一般的な人の場合、そのデータ量は2Mbyteで十分に収まる。そこに、生後の環境を追加することで、70歳前後の思考を再現できる。まれに、80歳でも思考が進歩するケースもあるが、大半の場合、5Mbyteで全て解決できてしまう。
「この画面に向かって話し掛けてみて!」
ノゾミは自分のスマホを差し出した。
「母さんの写真じゃないか?」
「何をいえば良いんだ?」
画面の前で戸惑っていると、「いつもありがとうね!」と聞き慣れた声が聞こえた。
「凄いでしょ! これ、彼が作ったのよ」
ノゾミが嬉しそうに微笑むのを少し複雑に思った。
「今、何しているの?」
オレが画面に問いかけると、母の声が返って来た。もうパートに行かなくて良いから、時間が余って暇なのだと言う。本当にそこに母がいるように思えた。データサイズは、わずか5Mbyte。たったそれだけで、人は完成してしまう。どこかまだ違和感を感じていた。しかし、ノゾミの笑顔を見ると、どこか安心もできた。
「オヤジのもできるのかな?」
「もちろんよ! いつでも話すことができるようになるわ」
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