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妹のノゾミが美容師として勤務しているのは、渋谷駅から徒歩3分の場所にある閑静な住宅街にある美容室だった。店の外には大きな看板はなく、完全会員制となった経営スタイルは、やり手オーナーが親しい芸能関係者向けに開いたのだ。
ノゾミは地元で暮らしていた頃よりも、ずっと派手になった。父に似たのか目鼻立ちがはっきりとしていて、コンプレックスだった長身も東京では気にならない。むしろ、その身長が人気店の美容師として役立っていた。
「お兄ちゃん!」
運送会社の上着を小さく丸め、量販店のポロシャツを着たオレは、ノゾミが待つ小料理屋に足を運んだ。仕事で東京には月に何度か来ることがある。しかし、高速道路を降りれば、向かうのは港町の工場地帯で、渋谷駅周辺を徒歩で移動することなどなかった。
「何度も看板を見直したよ」
あまりに落ち着いた雰囲気の外観に驚き、オレは店を間違えているように感じた。ノゾミが誘ってくれなければ、一生、訪れることなど無いように思えた。
「そう? 車じゃないんでしょう?」
個室は2人で過ごすには少し広い。大きなテーブルを向かいあって座ると、華やいだ妹がメニュー表を開いてオレに差し出した。
「ビールでしょう!? あと、唐揚げ。それと……」
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