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酒好きな父は、余命宣告を受けてからも隠れて酒を飲んでいた。町で1番安い病院で入院しているとはいえ、週に一度、着替えや様子を見に行くことをオレはずっと続けていた。妹に父が病気であることは説明してある。ただ、まだ大丈夫だから心配するなとも話した。
治る見込みがないのであれば、酒を飲んで少し寿命が縮まったとしても、父にとっては幸せではないだろうか。だから、オレは父が飲んでいることを咎めたりはしなかった。医師や看護師も同じ気持ちなのだろう。彼らは、一般的なノルマをこなせば、あとは父のことを気にかける様子もなかった。
命の重さは、ある意味で平等だ。しかし、惜しまれながら亡くなる人がいれば、死んでも死ななくても気にされない命もある。
最近、これまで生きて来た父の人生を息子として思い返すことがある。誠実で真面目だった父。しかし、ちょっとした歯車のズレが彼の人生を大きく変えた。誠実で真面目な人は、ある意味で変化に弱い。いつも同じ暮らしを繰り返すことに慣れているから、新しいことを受け入れる余力がない。父はまさにそうだった。もしもリストラに会わなければ、定年まで勤めあげ、先に亡くなった母と静かに暮らしていただろう。オレだって東京や大阪の大学に進学し、今とは異なる人生を歩んでいたはずだ。
しかし、仮定の話をしても現実は何も変わらない。病室のベッドに横たわる父が、苦しくて顔を歪めた。
「大丈夫? 先生を呼んで来ようか?」
進行性の腫瘍が、父の体のいたるところを蝕んでいる。本当にいよいよなのかもしれない。
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