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貴方様へ
拝啓 新緑の候
慎太郎様には日々ご健勝のこととお喜び申し上げます。
さて、本日ご連絡を差し上げましたのは他でもありません。
我が妹、左千代のことでございます。
先日縁談が相整い、来月には結納再来月には結婚と、間を置くことなく執り行う事になりました。
妹は何も申してはおりません。ただ両親の言うがままに支度を整えているようです。
慎太郎さま
貴方様が妹の元から去られて以来、私はあの子の笑った顔をついぞ見たことがございません。
そればかりか、泣くこともなく怒ることもなく毎日をただ静かに過ごしております。
時折ふいにいなくなる時は、あの橋の上でぼんやりと川を見つめております。
勿論あれは川と言っても小川ですから、万が一妹が飛び降りたところで命を落とすようなことはありませんが、あそこは貴方様と妹の思い出の場所。
何かしでかさないかと、姉としては気が気ではありません。
貴方様は勉学の為に上京されたと妹からお聞きしております。
それは真の事だったのでしょうか。
もしかして貴方様は妹の先の事を考えて、ここを去ったのではないでしょうか。
もしそうだとすればあまりにも妹が可哀想でなりません。
左千代は全てを捨ててでも貴方様について行くつもりだったのですから。
今からでも遅くない。
どうか妹を迎えに来てくださいませ。
後のことは私が全て引き受けます。
家の事も、縁談の事も世間体も何もかも。
私のただ一つの願いは妹の幸せなのです。
良いお返事をお待ちしております。
かしこ
追伸 お返事を下さる際は私の宛名で、差出人は女の偽名で下さいませ。家族に不審がられてしまっては元も子もありませんので。
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