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待ち人宛
メダカたちが小川のせせらぎの中すいすいと気持ちよさげに泳いでいます。
水草も水の流れに身を任せるごとくゆらゆらと揺れています。
貴方とお別れする時に交わした約束、もうじきですね。
『梅花藻の咲く頃に迎えに来る』
こっそりと耳打ちしたのはそれまで周りを欺けと言うことと解釈しました。
梅花藻の咲く川は珍しい。特にこの辺りは知る人ぞ知る希少な生息地。
他の地域より遅い六月の初めに咲きだし、中頃には物珍しさに他所から訪れる人が多くなる。
貴方はそれを待っているのでしょう。
ここに物見遊山にくる人々に紛れ込むために。
思えば貴方にお会いしたのも梅花藻が縁でした。
学業の研究とやらで訪れた貴方と、この橋の上で初めてお会いした。
貴方に心を寄せてしまったのは私の過ちかもしれません。
何故なら私は家を継ぐ身。
姉はいるけれど、体が弱くて家を支えられないと親たちは考えて私を跡取りにしたから。
そんなことはありません。
全くの誤解なのです。
姉は強い。
何より心が強い。
例え私がここから貴方と共に去ったとしても、に私は何も心配する必要はないのです。
全て任せていける。
だから。
私はここで貴方をお待ちします。
約束の日まで親を、姉を、皆を欺くのは心苦しいけれど、私は自分の心まで欺くことは出来ない。
一日千秋の思いで。
この小川で可憐な花を咲かせる梅花藻と共に。
心託す貴方を。
慎太郎様を。
この橋の上で。
どうぞ、お早く。
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