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真夜中の想い(前編)
俺はぬいぐるみの神だ。
人々がぬいぐるみに込めた祈りや想いを見届け、回収するのが大きな役割である。
まだ人事には納得はいってないが、とりあえずやる事にしたのだ。
さっき帰って来て、今は自分の部屋でくつろぎ中。
ベッドに橫になりながら、下界で人気のある漫画――海賊が主役――を読んでいる。
俺はページをめくる度にハラハラ、ドキドキする。
危ないっ!
避けろ、通行人っ!
そこの兵士、そいつは実は凄い強い奴だぞ!
さっさと逃げるんだっ!
主役では無く、モブキャラを目線に置いてしまうのは、やはり俺も神のはしくれだからか。
強キャラとちょっとぶつかっただけで、怪我したり死んじゃいそうだ。
と、
「夕飯よー」
階下から母の声がする。
およ。
もうそんな時間?
俺は読みかけの漫画を置いて、急いで部屋を出た。
◆
リビングに入ると、もう父と母が椅子に座っていた。
兄は出張中で不在だ。
俺もいそいそと自分の椅子に座る。
「では」
俺が座ったのを見て、父がおもむろに声を出す。
低く威厳のある声と、近所では評判の声だ。
「いただきまーす」
下界の風習に従って、三人揃って挨拶をする。
さてさて、今日の夕飯は?
俺はテーブルに所狭しと並べられた夕飯を見る。
一品毎の量は少ないが、数だけはやけにある。
母さん、またスーパーで御一人様用の御惣菜を買ってきたな。
えーと、竹の子の土佐煮、ひじき煮、里芋の煮物、筑前煮にもつ煮込み……。
え?
煮物しか売ってなかったの?
煮、煮、煮、煮、煮。
軽くゲシュタルト崩壊を起こしつつある、俺のトロピカルな脳みそ。
あ、さつま揚げがあるじゃん。
視界の隅に、茶色い物体を発見する。
俺が箸を伸ばそうとした時、向かいに座る父も嬉しそうに声をあげた。
「お。母さん、これはさつま揚げか」
父は元、山の神だ。
……元、山の神って、なんか力士みたいだな。
ってどうでもいいか。
数百年前に定年を迎え、神を引退をした親父。
長い白髪に立派なあごひげを蓄えた、いかにも神様的な風貌だ。
最近は家庭菜園にはまっている。
「うむ。ゴボウ入りが美味い」
父の口の中で、しゃくしゃくと小気味良い音を立てているさつま揚げ。
その昔、富士山の大噴火を鎮めたりしてたらしいが、とても信じられねー。
「婦人会でいただいたんですよ。三丁目の奥さん、息子さんが養豚の神になったでしょ。鹿児島黒豚の、慰霊祭かなんかに呼ばれた時のお土産ですって」
お袋は元・芸術の神だ。
親父と違い、まだまだ定年って歳じゃあ無いが、結婚を機に神を引退した。
いわゆる寿組だ。
今は現役の頃と比べると幾分太ったらしいが、まだまだ美しいと近所では評判だ。
人間界でいうところの四十代美魔女。
ただし、怒らせるとヤバい。
「俺もゴボウが好きなんだよな。もーらいっ……」
と、俺が改めてさつま揚げへとハシを伸ばした瞬間、ブルブルッと頭の上の輪っかが震えだした。
「む、輪っかが震えてるぞ。誰かがぬいぐるみに強い想いを込めてるな」
「え~無視無視」
「駄目よ、行って来なさい」
母はそう言うと、にこりと微笑んだ。
「もう就業時間過ぎてるしさ~」
「駄目よ、行って来なさい」
同じ言葉を繰り返す母。
一言一句、アクセントもイントネーションも違わない。
違うとすれば、微笑から笑顔へと表情が変化した位だ。
「じゃ、せめて飯を食ってから……」
「駄目よ、行って来なさい」
笑顔が満面の笑顔へと変わる。
「はい……行ってきます」
我が身の危険を感じた俺は、渋々頷いた。
くそーっ、どこのどいつだよ。
まあ、いかない訳にもいかないからな。
◆
よいしょっと。
はい、憑依完了~。
んーと。
ここは、外……か?
しかも真っ暗だ。
どうやら下界は真夜中だったみたいだな。
明るい室内から、いきなり暗いところに来たもんで、なっかなか目が慣れない。
と、不意に暗闇の中から、凄まじい形相をした女の顔が浮かび上がる。
ギャーーーッ!!
俺は慌てて、憑依した物体ごと逃げようとした。
が、全然身体が動かない。
何故っ!?
俺は。
俺は一体何に憑依したんだ??
カーン。
痛っ!
胸にチクリと刺すような痛みが走る。
なんだ、なんだ!?
カーン。
痛ててっ!
だからなんなんだよっ!?
ん?
まさか、これって……。
俺は恐る恐る自分の姿を確認する。
右手……ワラ。
左手……ワラ。
右足、左足……ワラ。
あはは……(笑)。
ふざけんなっ!
やっぱり、ワラ人形じゃねーかっ!!
これのどこがぬいぐるみだっ、いいかげ……
カーン
ぎゃーっ!!
だから痛いっちゅーの!
神である俺だが、あえて言わせてもらう。
今時こんな非科学的な事をするんじゃないっ!
俺は釘を打つ人物を睨み付けた。
ま、目はないが。
俺はゴッドアイ(0.8)で真っ暗闇をしげしげと見つめる。
ぼんやりと見えてきたのは一人の女性。
まだ若いな。
二十代前半?
結構綺麗な顔立ちだが、随分とやつれていて、鬼気迫る表情でトンカチを振りあげている。
流石に頭に五徳を乗せたり、ロウソクを立てたりはしていない。
格好も白装束じゃなく、なんつーか、洗濯してないヨレヨレのきったねえジャージみたいのを着てる。
そして、どうやらここはどっかの神社か寺の様だ。
遠くには鳥居やら狛犬が二体、近くには石燈籠がいくつか見える。
カーン。
ぐはっ!
痛みに直に効く……じゃなくて、心に直に響く痛み。
本当に痛いのだ。
人の想いと言うものは、俺達には力にもなれば、その逆も有り得る。
釘を通して、ダイレクトに俺へと流れ込んでくる、強い強い想い。
それだけに、こいつの本気具合が窺い知れる。
だ~れ~か~、ヘルプミー。
ちらっと遠くに見える狛犬に念を飛ばす。
が、返事が無い。
てめえらっ!
横目でちらちら見てるの分かってるんだぞっ!
そして女は、釘をしっかり根本まで打ち込むと、ぶつぶつ言いながら帰っていった。
次の日、俺は巫女の手により木から解放された。
そして安心する暇もなく、焼却炉にポイされた。
オーマイガー。
◆
「……て、訳よ。それから毎日夜中に呼び出されて、釘を打たれて、燃やされて、また胸に釘を打たれての無限ループ中。どうすりゃ良いんだよ」
「へへっ、マジかよ。そりゃ大変だったな」
ズルズルズルッ。
目の前でラーメンをすすりながら、にやにやしているのは、今時流行らないリーゼントヘアをした玄米の神だ。
こいつは俺と同じ天大卒であり、同期でもある。
結構気が合う奴で、今日も昼飯を食べに社食へと一緒に来ていた。
こいつも俺も頼むのはいつも同じだ。
天食名物のBコース。
ラーメンに半チャーハンと餃子が付いたお得なセットだ。
「お前んとこはどうなんだよ。収穫祭やら祈願際やらで、ちやほやされて楽勝なんだろうな」
「んなこたねーよ。人々の願いや期待が大きければ、それに見合った見返りが必要なんだぜ。見返りが不十分だと、すぐに怒りや憎しみに変わっちまうからな、人間達は」
「あー。信仰学だっけか、なんか授業でやってたなー」
「しかも他の米の神や天候の神、虫の神やパンの神達と毎日打ち合わせばっかで、マジブルー」
やっぱどこも大変みたいだな。
「昨日なんか、白米の神とパンの神がケンカして大変だったんだぜ」
「何でだよ、主食同士仲良くしろよ」
「ばーか、知らないのか? 最近下界じゃ米で出来たパンがあるんだぜ。どっちの管轄にするかでお互い取り合いよ」
「へー、俺なら譲るけどな」
ま、今や日本は飽食の時代。
いちいち食べ物に感謝して食べる人間はいないみたいだが、仕事なんて無い方が良いに決まってる。
「俺っちもそう思ったんだけどよ。上位の神ともなると、人々の信仰心もたくさん必要みたいだぜ」
「ノルマか? そんなのあったっけ?」
人々の信仰は、決して強制するものでは無い。
想いの無い形だけの信仰等、無意味だ。
それくらいは俺にだって解る。
「どーだろーな。ただ、米で出来たパンだけ、パンの神の管轄外って訳にゃいかねーみたいだぜ。そうなったら、小麦の神やライ麦の神とかも黙っちゃいねーからな」
「あぁ、そりゃ揉めるわな」
俺達は顔を見合わせて、はぁと溜め息をつく。
そして、少しのび始めたラーメンをすするのであった。
◆
はいはい。
今日も釘を打たれに参りましたよ。
早いとこ済ませてちょうだい。
見たい漫画があるんだから。
と、
キイィィィィ……………
遠くで車がブレーキを踏む音が聞こえた。
同時に女がその場にしゃがみこむ。
良く見たら少し震えてる?
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
今さら謝ったって俺はお前を許さん。
しかし、何だ?
と、そこにたまたま、顔見知りの死神が通りかかる。
俺の初仕事の時に出会った死神だ。
これぞ「THE 死神」といった風貌。
骸骨に汚い布を被せて、デカイ鎌を持たせれば一丁上がりである。
おーいと俺が呼ぶと、こっちに気付いた様だ。
ふら~っと、面倒臭そうに浮遊してきた。
「また、貴方ですか。今度はワラ人形? 良い趣味してますね」
「趣味じゃねー。てかこの人の事なんか知らない?」
ん~、としばらく女を見ている死神。
どうやら思い当たる節がある様だ。
「あーこの人、最近二丁目の交差点で、旦那さんを交通事故で無くした人ですね。毎日この時間位に、花を手向けに来てますよ」
「へーマジかよ。それで殺した相手を憎んでるのか……。てか良く知ってるな」
「実はその旦那さんの魂、私の担当なんですよ。でも地縛霊になっちゃって……連れていこうにも連れていけないんですよ。無理矢理連れてくと、コンプライアンス違反にもなりますし」
「その交差点ってどこなんだ?」
「そこのすぐ下ですよ。階段降りて一分もかからない」
「ふーん。嫁さんがこれじゃなー。心配なんだろうな」
女は今日はそれ以上釘を打たずに、ふらふらとそのまま帰っていった。
なんだかなー。
俺は女の後ろ姿を見送りながら、何となくもやもやとした気持ちになるのだった。
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