第1話 真顔の連続殺人犯

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周囲は気にした様子もなく作業を進めていたが、何故か俺の意識はその電話のほうへと向き、織田課長が電話を受けると、その表情を静かに観察する。 徐々に険しくなる織田課長の表情。 間違いない、これは何かが起きた。 「分かった、すぐ向かう」 織田課長の低い声で答えると、電話を切り息を深く吸った。 一瞬の無言、膨張する緊張感、それは途端に張り裂ける。 「総員出動だ! 都内で突如男性が刃物を振り回し、次々と無差別的に人を刺し始めた。 名越係はA号(前歴照会)B号(指名手配者照会)を洗え、後ほど現場から名前が送られる迄は顔だけで頑張れ! 現行犯だ、これ以上死体の山が増える前に逮捕しろ! 動ける車両はすべて使え、近隣交番にも至急連絡!」 周囲はその命令に顔色を変え、先ほどまでゆったりしていた時間の流れが途端に早く、あわただしく動き始める。 これは面白い事になって来た。 すぐさま現場に向かう準備を整えると、相方である立花も慌てて俺について来る。 警察は基本ペア行動だ。 そのままふたりで覆面車に乗り、助手席にいた立花はサイレンを鳴らし始めると、俺はアクセルをベタ踏みし、一気に現場へと向かった。 久々の大悪党のお出ましだ。 そう思うだけで、興奮が更に膨れ上がる。 「ちょっ、野神警部、運転が荒いです!」 「急がないと死人が増えるんだ、我慢しろ」 そう返しながらも一般車両を何台も追い越し、赤信号を突っ切り、角を何度も曲がって行く。 そして、漸く待ちに待った現場に辿り着くと、突然空気が変わったかのような感覚に襲われた。 色彩は赤と黒の2色に飲み込まれ、音は静寂に支配され、重力が通常より重く感じる。 生ある世界で生み出された地獄。 付近にいた一般人は既に逃げたのだろうか。 周囲に人気はなく、先に駆けつけた交番の制服警察官が、震えながら犯人と思わしき人物に銃口を向けているのが確認出来る。 そして、向けられた銃口の先には、10近く有る死体と、その中心に佇む男がひとり。 そんな異様な状況であるのにも関わらず、俺はその男に目を奪われた。 中性的で可愛らしい顔立ち、寝癖の様にハネが目立つ茶髪に、暖色系の緩いTシャツを着ている為、先程まで寝ていたのではないかと思えるほど男からは、全く緊張が感じられない。 服に付着した大量の人間の返り血はその男を称えているかのように溶け込み、その赤は周囲を飲み込もうと、ゆっくり広がりを見せていた。
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