第3章 眠り屋の咎

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『────しかし、まぁアスナの意見も一理だ。』 凍れる左手に無尽蔵とも言える魔力を注ぎながら、クェンはアスナの向かった地底湖の奥の闇を見据えた。 幻想的な美しさを持つその湖は相当な深度まで凍りついている。 さながら樹氷の森へとその姿は変わっていく。 『……間に合わなければ、チコをむざむざ見殺しにすることになる。俺らも終わらせて早いとこ向かうぞ。ラギ』 『かーーーっ!どいつもこいつもお優しいことね!人間サマは』 パタパタと羽ばたいてイライラを隠せないラギ。その金と銀の異色瞳(オッドアイ)が怒りの色に満ちている。 『大体その女、クェンの地図を見るなり破って燃やした女なんでしょっ?そんなのどーなったっていーじゃない。罰よ。罰! ばーーーつーーーっ』 『罰か。ま、それも一理だがチコにはチコの理由があんだろ。そんなイライラすんな。ほらよ、ラギ。』 もぎゅっ そう言って、クェンは空いている右手でポケットから小さな果実を一つラギの口にほおりこむ。 それはプラムを小さくした様な『ラカの実』 ────その果実は特殊なヒドロキシ基配列をしており、竜属にのみ効果を及ぼすアルデヒドを果肉の中に発生させる。 簡単に言えば竜のみに効く『アルコールの果実』である。 『んがっ!……むー! むむーっ!……もぐもぐ』 もぎゅもぎゅ、と口の中で咀嚼すること数度。 見る間にラギの表情が朱に染まる。 ものの一分。 『ふにゃらはぁぁぁぁ~~ 美味しーぃ!幸せ~~』 途端、くにゃんくにゃんになりクェンの首筋に撓垂れ掛かるラギ。恍惚とした表情と、とろんとした目、半ば開いた唇からはため息にも似た吐息が洩れる。 『えへへ~、んーっっ♪ 美味美味』 『……これが、かつて世界で最も恐れられた竜の一匹だったってんだから、分からんよなぁ……』 『ラカの実、最高~~! ねー、早く遺産見つけて竜になってょぉぉ、クェンてば……zzz』 事切れるた蚊トンボのようにぱたりと手のひらの上に落ちる竜属。 『……お前、チョロすぎて逆に怖えーよ。』 酔い散らかすラギを他所にクェンの魔力によって凍りついて行く地底湖。 一方で、その凍る湖面の上をアスナは『遺産』の力を持って疾駆する。 ────疾い。アスナの額に流れた汗を、地底湖に吹く荒ぶる風が掬いとった。
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