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クリームコロッケは、付け合せのレタスのお陰で、狐色がより際立っていた。お味噌汁からは、ゆっくりと静かに湯気が立っている。思い付きで作った糸こんにゃくとほうれん草、厚揚げで作ったおひたしは、脇役にしては十分な存在感だ。「なにから、食べようかな」里子が、迷っていると「う、う、う」と、呻くような押し殺した声が、微かに耳に届いた。里子は、声の方へ、目を向けた。アヤが椅子の上で、凍りついたようになっていた。しかし、口元だけは違った。アヤは歯を食いしばり、唇を横一文字にさせていた。箸は揃えたまま右手の中にナイフのように握られて、天井を向いていた。
「なに、どうしたの」里子は慌てた。
「・・・ぱい」絞り出すようにアヤの口から単語が溢れた。
「なに?」
「おっ、おっ。おっ、ぱい。おっ・・ぱい」
「えっ」
「おっぱい、おっぱい、おっぱいぃ」
アヤは、堰を切ったように声をあげた。口からは、噛み砕かれたクリームコロッケが、ポロポロと溢れ出した。透き通った大粒の雫が、目尻に溜まっていく。すぐに限界まで満ちると、目と下まつげと境を越え、頬を伝い、小川のせせらぎの様に流れ始めた。
里子は慌てて席を立ち、アヤの傍に急いだ。その間も「おっぱい、おっぱい」と、赤ちゃんがせがむ様に、アヤはコロッケを溢しながら繰り返し繰り返し、ドンドンと声を大きくしていった。
里子は、アヤを両腕でしっかり抱きかかえ、包み込むように、アヤに体を寄せた。アヤも、それに呼応して、里子にしっかりとしがみつき、「おぅ、おぅ」と、声を上げて泣き出した。アヤの持つ箸が、里子の左腕に食い込む。「イタッ」しかし、里子がアヤを離すことはなかった。むしろもっと腕に力を込めて、アヤの小さな小さな嗚咽に応えた。
「アヤ、大丈夫、大丈夫、だいじょうぶ・・・」
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