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瀬山恵子 1
ジリジリと照りつける太陽、アスファルトの照り返しが更に恵子の体力を奪った。見上げた空は、突き抜けるような青空と生い茂る緑、そのコントラストは見事なものだ。
この坂を自転車を押して上がるのは高校を卒業した以来だった。都会暮らしからしてみれば羨ましいほどの澄んだ空気なのだろうが、三十路を迎えた今の恵子にとっては、苦痛の他ならなかった。
「あっつい」
額から汗が流れた、一台の軽トラックが止まった、開いた窓からお爺さんが顔を出し話しかけてくる。
「瀬山さん所の恵子ちゃんかい?」
「あ、はい」
見覚えのある顔は近所に住む柿元さんだった。
「里帰り? ええねぇ」
「は、ははは」
苦笑いを浮かべる恵子を見たか見ないかのタイミングで柿元さんの顔は引っ込み、軽トラックは走り出した。
「里帰りかぁ......」
事情を知らない人に説明して周る程、強い心を持ち合わせていなかった――
恵子が離婚して実家へ戻ったのは一カ月前の事だった。離婚届を記入してテーブルに置いた。キャリーバッグに入るだけの洋服を詰め込んで『後は捨てて下さい』と、書き置きをして家を飛び出した。
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