プロローグ・小さな競馬場が廃止される日

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プロローグ・小さな競馬場が廃止される日

 日本の北の方のとある町、小高い丘の上にある小さな地方競馬場に、秋の冷たい風が吹き抜けていきました。  ここが出来たのは、もう40年近くも前のこと。20年前にはナイター競馬ができる設備なども作られ、白熱のレースが行われてきましたが、これだけの時間が経つと設備もすっかり古くなってしまい、ここから遠く離れた場所に作られた新しい競馬場に、バトンタッチすることになったのです。  私は競馬場の端にある、人の背丈ぐらいの、私の魂を宿した小さな社(やしろ)の前でそうつぶやきながら、自分が守り続けた古びたスタンドとコースを見つめています。  守ると言っても、そうそう妖(あやかし)が来るわけでも無いので、普段はレースが無事に行われているか見届けているぐらいです。  申し遅れました。私はこの競馬場の女神をしております。名前はありません。人間がつけてくれない限り「名無しの神さま」なのです。 「最後まで、おつとめご苦労」  ふと見れば、上川(かみかわ)様がおいでになりました。黄色の巫女服を身にまとった、この地域を管轄する上位神です。  もし人間がその姿を見れば、多くの方が一目惚れしてしまうぐらいの美人さんです。 「はい。ありがとうございます」 「うむ。役目が終われば、そこを守る存在もやがては消えてしまうのは仕方がないが、お主が消滅してしまうのは心苦しいな」 「もったいないお言葉です。上川様」 「いや……、ところで明日から消滅までの間はここにいるよりも、神の世界でゆっくり過ごした方がいいだろう」 「いいんですか?」 「ああ。明日、転移するようにしておこう」 「あ、ありがとうございます」  「いや、たいしたことではないよ。それじゃあ」  そう告げると、上川様は去って行きました。もうすぐこの世界とお別れだと思うとさみしいです。そして私にはもう一つ、辛いことがあります。
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