1.翔さんとめがみさま

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1.翔さんとめがみさま

 話は変わりますが、私には実体が無いので、普通の人間には私の存在は見えないはずなのですが、中には見えて、話が出来る人もいます。  すでに夜の8時を過ぎているのですが、今日はまだ来ないです。今日が最後だっていうのに、何かあったのでしょうか。 『ただいま、第12競走の発売を行っております。本日は発売窓口が混雑しておりますので、勝馬投票券のご購入はお早めにお願いします』  いつもは閑散としているスタンドにも、今日が最後ということもあって、たくさんの人が来ています。名残惜しそうに写真を撮る人もいらっしゃいます。しかしその中に姿はありません。 「悪い、締め切りがきつくて遅くなっちまった」  噂をすればなんとやら。来てくれました。灰色のジャンパーを羽織った35歳ぐらいのおじさんで、翔さんと言うそうです。なんでも売れない小説家なんだとか。  親が残してくれたアパートの家賃収入と、わずかな原稿料でなんとかやっていると聞いたことがあります。競馬は趣味の範囲で楽しんでいるそうです。  私は彼のお話に、頑張ってね、と、はげましの言葉をかけてあげることしかできませんでしたが、それでも彼は喜んでくれて、私もうれしかったものです。 「翔さん、こんばんは、もう最終レースですよ」 「ああ、わかってるよ」 「お別れなんですね……」 「うん……」  彼と最初に出会ったのは3年前になります。私が名も無い神様であることに少し驚かれましたが、その後は友達みたいな感じで話してくれるようになりました。  私は鏡に映らないのですが、翔さんの目には、知的なお姉さんに見えるそうです。  そして、絶対結ばれないとわかっていますが、私は彼に淡い恋心を抱いていました。  でも、別れの時は、刻一刻と迫っていました。今さら告白しても、彼は困るだけでしょう。人間と神様は、住む世界も寿命も違いますから、結ばれない理(ことわり)なのです。  そこで、と言うわけでもないのですが、消えてしまう前に、ひとつのわがままを言うことにしました。
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