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「なぜ、私が入院しなければいけないのですか」
鈴木は憤慨していた。
「たしかに、私にはいろいろ欠点がある。ですが、精神病院に入れられるほどじゃあない」
話を聞いていた精神科の医師は、鈴木の横に座っている彼の妻に目をやった。
妻は悲しげに首を振るばかり。
そうした二人の態度に、ますます鈴木は激昂する。
「その、私を憐れむような目はやめてくれませんか。そりゃ、私だって気分が落ち込むことはある。ですが、その状態がずっと続くことはないし、逆に躁状態になることもない。物忘れすることもたまにありますが、ほとんどは些細なことです」
鈴木の話をうなずいて聞きながら、医師はカルテに何かを書き込んでいた。
鈴木は語気荒く続ける。
「変に攻撃的な言動を取ったり、唐突に奇声を上げることだってありません。他人とコミュニケーションを取ることが苦痛だったりもしませんし、集中力が続かなくて困るといったこともないです。幻聴や幻覚の類もなく、人が多い場所も平気です。性癖倒錯もなければ、逆に性欲がなさすぎるということも。たまに嘘はつきますが、それは人間なら当たり前のこと。虚言癖があるというわけでもない」
医師は無言でカルテに書き込みを続けている。
隣で、妻がすすり泣いているのに気づき、鈴木は唇を噛んだ。
なぜ、誰も彼も自分を病気扱いするのだろう。
「ねぇ、教えてくれませんか、先生」
むしろ哀願するような口調で、鈴木は言った。
「いったい、僕のどこが病気だと言うんです」
すると、初めて医師が口を開いた。
「あのですね、鈴木さん」
「失礼ですが」
鈴木は懸命に苛立ちを抑えて、言う。
「私の名前は加藤です」
隣にいる妻の泣き声が、少し大きくなった気がした。
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