1.刃の様な幸せだった

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 朝、暗い汚濁の中から弾ける様に飛び起きた。  悪い夢を見ていたのではない。前後不覚な真っ黒い空間の中から突然目覚めたという感じだ。若干の違和感を覚えながらもいつも通り朝の支度を始める。  今日も今日とて学校があった。  教科書の類は殆ど学校にあるから鞄には弁当と筆箱と携帯を詰め、朝食をとり、顔を洗って身だしなみを整える。髪には「太陽の塔」みたいな寝癖がついており、鏡の中では下の上くらいの冴えない顔をした高校二年生の男子生徒がじっとこちらを見つめていた。自他ともに酷い部類の顔だと認識しており、それ以上顔を見合わせていたら、その薄くぼんやりとした目の中に吸い込まれそうだったので、足早にそこを発った。  呂律の回らない口調で「いってきます」を言い、通学路を歩みだす。  駅まで歩いて電車に乗って、学校まではまた歩く。電車が少しでも遅延すれば遅刻するであろうギリギリの時間だとは知っていたが、朝早く起きる気にもなれず、走って行く気にもなれず、耳にイヤホンをつっこみ好きなアイドルの曲を聴きながらゆっくり歩く。  しかし校門をくぐって上履きに履き替えたあたりで本令のチャイムが鳴ってしまい、流石に走らざるを得なくなる。  三階まで駆け上がり、教室の横戸を勢いよく開けるとクラスメイト達がぎょっとしてこちらを見た。いつもなら笑って茶化すぐらいはしてくるだろうに、冷静な反応をされて逆に恥ずかしくなり、顔がカッと熱くなった。にやにやする口元を手で隠しながら席に着く。  先生が、 「なに笑ってるんだお前、遅刻だぞ?」 と冗談半分で叱るのを「いやギリギリセーフです」と言って誤魔化す。だが遅刻してしまったのは明らかで、言い訳も虚しかった。  最後の最後で走ったのが災いし、後からじわじわと暑くなって、汗が噴き出た。  季節は初夏である。雨上がりの外は億劫なくらいに蒸し暑く、乳白色色の空が重い暗雲を垂れている。  既に授業は始まっていたが、俺は暑くてそれどころではなかった。学校指定のシャツの襟もとを掴んでバタバタあおぎながらぼうっと黒板を見る。  そうしたら斜め前の席が空いていることに気づいた。  どうしてか、忽ち視線がくぎ付けになる。  そこだけ時空が歪んだ様に強調されて俺の目に飛び込んできた。  胸の内がもやもやする。  そして漸く自分の中にある漠然とした違和感、気持ち悪さの正体に気づいた。
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