1.刃の様な幸せだった

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 自分という人間が結構薄情なものだなと、後ろめたさに刺された。 「それで、深山木なんで休みなの?」 一週間前に告白をして、俺に断られたあとも彼女は平然たる態度で学校に来ていた。俺と話す機会は無くなったにせよ、彼女は彼女らしく楽しそうに過ごしていた。  俺もそれで安堵した。  そしていつかまた、彼女と「異性の親友」として話せればいいなと思っていた。 「え、それは、」 隣人の女子が言いよどむ。 「病院行ってるって聞いたけど。なんか風邪かなんかじゃない?」 吐き捨てるように言ってからすぐにノートを取り始めてしまった。俺はこの返答や彼女の対応の仕方になにかしら不信感を抱いた。  徐々に冷め始めた体を丸め、俯き、腕を組む。  風邪か、風邪ならば容態を気遣う体で話しかけてもおかしくなかろう。  告白の一件から止まってしまっているSNS上での会話を再開させるべく、授業中にも関わらず、俺はスマートフォンを取り出して、机の下でいじり始めた。  前もこうして校則違反をしていると、彼女は呆れたようにくすりと笑って、 『ゲーム?』 と覗き込んできた。そして俺がサッカーのゲームをしているのを楽しそうに見つめていた。本来ならば彼女の様なお馬鹿さんはきちんと授業を受けるべきだが、俺も彼女にいいところを見せたくて、小声で実況をしつつゲームに興じたものだ。  アプリを開き、彼女との会話を探す。  が、「あれ?」と思って画面をスクロールする指を止めた。  眉を寄せて額に皺を作る。  こうして険しい顔をすると、彼女はきまって「クリームシチューの上田やん」とバカにしてきた。笑う彼女の溌剌とした笑声が脳裏に響く。  声は思い出せるのに。  どうして、  なんで、 「誰だっけ・・・」 名前が思い出せないのだろう。  恐ろしい不安に襲われた。彼女は確か俺の斜め前の席に座っていて、俺に告白をしてきて、馬鹿で、そうだ、と斜め前の机の中を見る。溢れ出しそうな教科書の山がそこには築かれていて、一番上にある化学の教科書に「深山木夕夏」と美しい字で書いてあった。  彼女はよく『字、きれいでしょ?』といって無駄に丁寧な板書を見せてきた。  そうだ、彼女は深山木夕夏だ。  心の中でうすら寒い笑みを浮かべ、いそいそとSNS内を探る。彼女との会話は、他の男子との会話に埋もれかけていた。
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