口笛

6/10
前へ
/10ページ
次へ
 本当は話しかけてみたかったが、止める事にした。密かに練習しているのだから、つながりを求めてはいけないような気がしたからだ。拍手を聞かれたからといって、そのままなし崩しに付き合いを始めるのは気が引けた。  後悔は、していないと思う。もう今後聴く機会もないかもしれない。それでも、顔も知らない口笛さんとの関わりはこれぐらいがきっと丁度いいのだ。ただ、口笛繋がりで微かに、穏やかに、密かに在ればいいのだ。  その日、扉に鍵を掛けて外に出ると、折りたたまれたノートの切れ端のようなものが落ちていた。こんなところにゴミを捨てるとは、最近の若者は、とそれを拾い上げようとして気が付いた。  土の地面に文字が書いてある。             『はくしゅ ありがとう』  それを見て、私は歳柄にもなく泣くのを我慢しながら帰路についた。ノートの切れ端にも同じ言葉が書いてあった。この紙切れは大事にとっておくことにした。 Fin. ここから蛇足 ※リアル思考寄りです。本編でモヤモヤしたらどうぞ。  それから、たまに口笛さんは空き地に来てくれるようになった。  勤めている会社が潰れるまで、そのやり取りは続いた。社長は、最後まで会社に残っていた私にその建物を譲ると言って下さったが、私は首を横に振った。     
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加