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鳴り響くヒールの靴音。煌めく金色のショートボブ。
凛々しいブラックスーツに身を包んだその女性は、
舞台袖より現れ客席へと優雅に手を振った。
「セイクリッドサイン、マスター・リディルが心より感謝を。
そして謝罪を、皆様に。
イザナミの到着が遅れてる。あれほど言ったのに、困った子だ……」
ステージを見つめる鬼火たちのゆらめきに、ざわめきが走る。
「すまない。彼女はもっと自覚するべきなんだ。
誉れある序列第一位は、皆様の愛により成り立っているのだから」
「――愛? 愛って?」
心臓を流れる血液すら凍てつかせるような声が響き、
次の瞬間、つんざくような金属音とともにステージ中央に何かが突き立つ。
――グランギニョール前公演 “優勝旗” 。
その鋼鉄のシャフトが震える残響が不意に、絶ち消えた。
鬼火たちのざわめきも、風のうなりも、海鳴りさえもが消え果てた。
流れ落ちる滝は瞬時に凍てつき、劇場は闇に鎖された。
「そんなものが欲しいだなんて私、一度でも言ったかしら」
宇宙を思わせる極寒の暗黒と静寂の中に、彼女の声だけがよく響く。
「いらない。いらない。いらない。
私が必要と言わないものは、何一ついらない。
この旗だって、もう、いらない」
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