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証拠は簡単に手に入った。その日のうちに美優を連れて705号室を訪れた私は、スキを見てあの女のスマホを開く。
ロックもなにもされていないその無防備なスマホから、ぼろぼろとこぼれ落ちるのはあの先生との愛の言葉。画像もあるわ。きっと情事のあとのベッドの上ね。
少しメイクが乱れたあの女と、やっぱり素敵なあの若い先生。
二人で顔を寄せ合って微笑んでいる。くちづけている画像もあるわ。なんてはしたないの。およそ子供を持った母親の表情じゃない。
あの二人はやっぱりそういう関係だったのね。私は嬉しいような腹立たしいような不思議な気持ちになる。そしてそれを自分のスマホに写真で収めて。
どうやれば確実にあの女の息を止められるか、美優を寝かしつけながらあれこれと思案する。
色々考えたけど、結局はありのままを伝えることにした。
相手はもちろんあのご主人。私は挨拶程度しかしたことがないけど。
うまくすれば、これをきっかけに仲良くなることが出来るかも知れない。あの女をそんなふうにいやらしく扱うあの人。
うまくすれば、私もそんなふうにしてもらえるのかも知れない――。
夕方美優を一人部屋に残し、私はあの喫茶店の前であの人を待つ。
綺麗にお化粧をして。ピンクのマニキュアを塗って。入園式で着たツーピース。きついけど大丈夫。ちゃんとファスナーは閉まったわ。
もしそんなことになったらどうしよう。私の胸は期待に弾んでいる。
「教えてくれてありがとう」と、あの人は言うのかしら。とても落ち込んで。
あの女を追い出したあとには、あの部屋で一人で暮らし始めるのかもしれないわ。そしたら私は美味しいおかずを作って届けるの。
寂しい心を埋めるように美優も連れて訪ねよう。いなくなった娘より、目の前の美優の方がきっと可愛い。あの人は美優を可愛がって、そしてあの通路側の部屋で私を。
私を、きっと愛してくれるに違いない……。
そんなことを考えていたら、通りの向こうにあの人の姿が現れた。いつもどおり、俳優のように颯爽と帰ってくる。
私は慌てて通りを渡るとその人に声をかける。
「東さん……!」
足を止めるあの人に、私は一つ息を吐いてから話しかける。大丈夫よ。私は正しいことをしているんだから。
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